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  • 小説梁祝リャンチュウの著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情
    渡辺明次 (09/11)
  • 「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた蘇州の馬漢民先生東京へ、神保町と国会図書館に同行。明代の文学者、蘇州の人、馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のための来日。
    渡辺明次 (09/11)
  • 「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた蘇州の馬漢民先生東京へ、神保町と国会図書館に同行。明代の文学者、蘇州の人、馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のための来日。
    えり (09/09)
  • 小説梁祝リャンチュウの著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情
    えり (09/09)
  •  梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。
    Tsukagoshi (07/25)
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梁の元帝蕭繹の「讀書萬卷,猶有今日(書、万巻を読めども、なほ今日あり)」という言葉、考!
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        梁祝の文字文献のすべてを誰でもが日本語で読めるようにするために翻訳を続けているのだが、

     

    梁の元帝蕭繹のものとして『梁祝変事(梁祝故事)!』という言葉と≪金楼子(きんろうし≫及び≪会稽異文≫という書名が登場する。この言葉と書名だけでは、「読みやすい梁祝伝説の資料文献集」の日本語訳としてはあまりにも唐突過ぎるのでなにか梁の元帝蕭繹(しょうえき508-555年)の、人となり、エピソードをと探す中で

     

    「讀書萬卷,猶有今日」という元帝蕭繹の最後の言葉を知った。そこで元帝蕭繹に関して管見の及ぶ限りエピソードを調べてみた。
      
    先ず『梁祝変事(梁祝故事)!』は蕭繹の著作の中に登場する言葉で、現在この4文字以外は何も分からない。

     

    金楼子≫は元帝蕭繹の号(ペンネーム)にして、彼の著作集の名称(金楼子はその後整理されたものが存在するが、この4文字は見つけることができない)、≪会稽異文≫は(現存しない)書名であるではなぜ梁祝伝説とこの皇帝は関係があるのか。実際の資料にあたり以下のことが分かった。蕭繹の同時代に生活し、身近にあり実際に仕えた人の言葉がいくつかあり、

     

    その中にこの「讀書萬卷,猶有今日」があることを知った。


       元帝蕭繹は梁祝伝説発祥の地会稽で幼児期を過ごし、後に会稽郡太守(「たいしゅ」は、郡の長官・会稽は広く紹興・上虞・寧波を指す)をつとめた。よって実際に梁祝伝説の地にあり自ら梁祝伝説を調べ書き記した人であることはほぼ間違いないと確信できる。      
    以下実際の史実として見つけられる書物の記録


      1,新釈漢文大系21明治書院「十八史略下」

    巻四:南北朝  
    学問:
    元帝蕭繹は歴代中国皇帝の中でも学問を愛した皇帝であった。幼少時に病気で片目を失明したが、書物を好み、自ら多くの著作を残し、蔵書は10数万巻に及んだという。

     

    また老荘の書を好んだ元帝は、西魏の軍が江陵に押し寄せる中も、『老子』の講義を行い、群臣たちは武装したままそれを聴講した。元帝が集めた蔵書は、江陵が陥落する直前、「書、万巻を読めども、なほ今日あり。」(「讀書萬卷,猶有今日。」)と、自身の手によって全て焼き払われた。「自分は書物を万巻も読んだが、それでも今日の如く禍いにあって降伏せねばならぬ」

     


      人となり: 
    元皇帝は、名は繹といった。繹は眇(すがめ)で、性質が残忍であった。江陵で位に即いた。梁は侯景の乱以来、州郡の大部分が西魏にとられ、蜀も魏の所有となった。そのため梁は巴陵郡(はりょうぐん)から下って、建康に至るまでも領土とし、長江を境とし(て江南の地を治めるだけとなっ)た。○突厥(とっけつ)が柔然(じゅうぜん)を攻めた。北斉は突厥を撃って柔然を馬邑川(ばゆうせん)に遷した。この時柔然が衰えて、突厥が始めて強大になった。 ○西魏の宇文泰が、その主の欽を廃して、その弟の廓(かく)を立てた。その後、欽は泰に弑(し)せられた。○西魏は柱国の官の于謹(うきん)遣わして、梁を伐って江陵に入らせた。落城にあたり、梁王は古今の書籍十四万巻を焼き捨て、(宝剣を柱に投げつけてこれを折り、)「ああ、文武の道は、今夜限りで尽き果てた」と嘆息し、そこで出でて降参した。ある人が、「どういう理由で書物を焼かれたのですか」と問うと、「自分は万巻の書物を読んだけれども、やっぱり今日の憂き目に遇った。(書物など読んでも何の役にも立たないからだ)」といった。間もなく殺された。在位三年、改元すること一回で、承聖といった。   
     
     
    2,平凡社 中国古典文学大系9 『顔氏家訓」顔之推 著 宇都宮清吉 訳
     第八章 学問論   105 元帝様のご勉強ぶり(全文)

        梁の元帝さま(在位552年から554年)がある時、親しくお話しくださったことである。「ずっと以前会稽郡に駐在していた時分、身はまだ十二歳になったばかりだったが、疾くに学問の面白さは判っていた。その頃身はまた、疥癬(かいせん)に痛めつけられ、拳も握れず膝を屈げられない程なので、身は人のいない静かな書斎に葛織りの蚊帳をつり、はえが来ないようにして、銀がめには山陰産の甘い酒を用意しておき、時々それをなめながら、苦痛を忘れることにしていた。こうして心のおもむくままに、独りで史書を読みふけり、一日に二十巻も読みあげたものである。もとよりまだ師匠について学んだことはないので、間々一字が読めず一語の意味が判らないこともあったが、必ず何度でも自分でも同じ所を繰り返し読んで、一向に倦きもしなかった次第である」と。
       御身は畏くも帝の子であり、神童と言いつべきこのお方にして、なおかくの如きご勉強ぶりであったのだ。一般の人々、身分のあるなしに関わらず、自分の力で世に立とうと考えている者は、当然、一層のこと奮励しなければならぬ道理であろう!
              
      
    3,もう一つのエピソード(京都大学 興膳 宏)「金楼子訳注」から 
    その1:
    蕭繹(しょうえき)は蔵書家である上に、熱心な読書家であった。片目が不自由だったために、臣下に読ませることが多かったようだが、『南史』梁本紀によると、五人の担当者に一更(約2時間)ずつ交替で読ませ、いつも夜明けにまで及んだ。読書中においいびきをかいて熟睡するので、読む方も眠くなって、読むのに順序次第を失ったり、ときにはこっそり飛ばし読みをしたりすると、前に戻って読みなおさせ、おまけに鞭打ちの罰を加えたという。それだけの読書家だっただけに、彼の頭には古今の書籍がぎっしり詰まっていたはずである。
     
    その2: 蕭繹(しょうえき)の人と為りや『金楼子』の内容について、併せて参照すべきは『顔氏家訓』である。著者顔之推は、若いころ元帝につかえて、親しく接した経験があり、この書のあちこちでその思い出を懐かしく回想している。たとえば、勉学編では、元帝の老荘・周易の「三玄」愛好をめぐって次のようにいう。
      「元帝、江荊(えけい)の間に在りて、復た愛習する所なり。学生を召置して、親しく教授を為し、寝を廃し食を忘れて、夜を以て朝に継ぐ」。思い合わされるのは、西魏の大軍がいままさに江陵に押し寄せようとしていたとき、元帝は『老子』の講義を始め、危機的な状況下にありながら、なかなか講義を止めようとしなかったという史書の記事である。

     

    posted by: リャンチュウ先生 | - | 17:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
    日程の突然の変更もありましたがついに周友文さんが会社の出張で東京にやって来ました。11月13日(水)神田「清瀧」で「ささやかな歓迎会」!
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         梁祝(リャンチュウ)会2017年3月の寧波・上虞表敬訪問」の同行通訳を引き受けてくれた周友文さん東京に! 周友文さんは現在、上海の日系企業で働いており、会社の本社研修で日本にやって来ました。
       

       

      11月13日(水)午後15:30頃新幹線で名古屋から東京に移動し(東京に宿泊する)18:00には東京に着き夜は時間が取れる(上司に確認済み)ということが分かり「ささやかな歓迎会」を計画した。新幹線の移動の予定がずれて19:00に神田に現れた。
         とてもよい歓迎会をして上げることができました。
           

       

       

       

      この経過、様子を今朝、梁祝会広報部長Tsukaさんがブログ「夢酔独言」にアップされましたので、以下全文転載させていただきました。
       

      2019年11月13日 (水)

      梁祝(リャンチュウ)会と周友文さん訪日の歓迎会!

      渡辺明次(梁祝会長)先生によると、周友文女史は「梁祝会2017年3月の寧波・上虞表敬訪問」の同行通訳を引き受けてくれた方」。
      その他にも中国との連絡を取り次いでくれる優秀な女性です。(写真、私の隣り)

      02_20191115102701 私も今日のセッティング段階で何度かブログを書きましたが、現在、上海の企業に勤務され、この度、社用で訪日。
      初めての日本で、11/16(土)には上海に戻るという。
      今夜しか時間がないということで、集まれるメンバーがぐっと減り、少人数の「ささやかな歓迎会」となりました。

      とはいえ、戯曲「梁祝」舞台公演の主役を務めた、伊藤君(梁山伯)と青井さん(祝英台)が参加(中央の二人)のおかげで、スゴイ盛り上がりの"大歓迎会"でした。

      Photo_20191115100101 そもそも周さんは6〜7年前に中国・湖南省の大学で渡辺先生から日本語を学んだ教え子でした。それが今や渡辺先生にとって、我々にとっても、無くてはならない存在。

      ここは予約していた神田「清龍」。このチェーン店は最近行きつけになったお気に入りの「酒元居酒屋」です。
      清龍は「酒蔵」の酒だし、出てくる料理を見れば見るほど信じられない安さ!

      Tsuka_20191115100101尤も周さんは、名古屋から東京駅に着くのが午後6時半頃ということで、ここへは1時間遅れの到着となりましたが、帰りには皆さんプレゼントなど用意していて準備万端。

      私目は、記念写真用に壁面に飾った「歓迎・周友文さん」を揮毫してきただけ。→
      気が付きませんで、恐れ入りました。(笑)

      本場中国との文化的交流を促すには、このようなビジネスライクでない方が必要不可欠と言えるでしょう。
      無事上海にお帰りになったかと思いますが、今後ともよろしくお付き合いを願います。m(__)m

      posted by: リャンチュウ先生 | - | 15:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
      「梁祝会2017年3月の寧波・上虞表敬訪問」の同行通訳を引き受けてくれた周友文さん東京に!
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          以下の予定は10/22午後、突然上海の周友文の仕事の都合で取り敢えずキャンセルになりました。
            その1: 先生
        大変申し訳ありません。
        突然董事長(理事長)と飲み会が入って、金曜日はダメになります。
        どうか水曜日の夕方と土曜日の午前中にしていただけないでしょうか

          その2: これは周が泊まるホテルです。
        水曜日は18時指定場所に行ける
        土曜日は11:30から空港へ向かわないといけません
        申し訳ありません.

         

         

          「梁祝2017年3月の寧波・上虞表敬訪問」の際同行通訳を引き受けてくれ、献身的に通訳をしてもらった周友文さん(上海の日系企業で働いている)から以下の連絡があった。
          周友文からのメールでは
        ☆『11月11日から日本出張で16日(土曜)の午前中は時間があるので、先生に挨拶したいなと思って、先生の都合はどうでしょうか。』

         このメールを受けいろいろ問い合わせたところ、今勤めている上海の日系企業の「本社研修」で11/11〜11/16に日本に来ることがわかった。                   写真、真ん中の髪の長い女性が周友文さん

         

         ☆ 『先生、大変ありがとうございます。
        今どこに泊まるかまだ確定していませんが、
        多分 金曜日の夜でも大丈夫だと思いますので、
        青井さんたちにも会わせていただければ嬉しいと思います。』

         
        ところが、11/16(土)は上海に戻る、飛行場に行く直前の時間であることがわかった。
        「それではあまりにも惜しいので、夕食を兼ねて一杯飲みたい」とさらに問い合わせを続けた結果、90%の可能性で、
        11/15(金)の夜に時間を取れることを確認、それで周友文さんにとっては初めての日本ということもあり「梁祝2017年3月の寧波・上虞表敬訪問」の関係者にも連絡を取り、ささやかながら「歓迎・周友文さん」というタイトルで歓迎の夕食会を開くことに決め、 場所を神田の「清瀧」にして取り敢えず11/15(金)6名で予約した。
           現在までに6名の参加を確認していますが、ご参加いただける方がおれば連絡下さい。

          上海の周友文が日本に来ることを梁祝(リャンチュウ)会広報部長Tsukaさんにもお知らせしたところ、参加の方向でご検討いただけるという返信があり、さらには今朝の氏のブログ「夢酔独言」に、訪問時の動画も一緒に経緯詳細をアップいただきましたので、そのまま転載させていただきました。

            ↓以下Tsukaさんのブログです↓

         

        2019年10月20日 (日)

        我ら「梁祝会」と本場中国との架け橋、周女史が訪日。

        梁祝(リャンチュウ)先生こと渡辺明次(梁祝会)会長から、「来月、中国の周さんが東京に来る」というニュース。

        周さんとは、渡辺先生が中国・湖南省の湘潭(シャンタン)大学で日本語教師をしていた時の生徒(教え子)ですが、それ以来今日まで、通訳として我々と中国を結ぶ大事な役目を果たしてくれているのです。渡辺先生が最も信頼されている方で、彼女なくして"日本梁祝会"の活動はないといっても過言ではないでしょう。

         

        ※中央が周さん、左側は祝英台(青井さん)と梁山伯(伊藤君)、

        渡辺先生からのメールの要旨は、
        「『梁祝2017年3月の寧波・上虞表敬訪問』の際、同行通訳を引き受けてくれた周さん(上海の日系企業で働く)が本社研修のため東京に来るので、挨拶したいとの旨を受け、11/15(金)夕食を兼ね「ささやかな歓迎会」をしてあげたい」との事。

        Partynameその他、彼女は中国側とのメールや、やり取りまで全ての間をつないでくれています。

        私的には、11月10日前後は、書道展開催中だし、同期会あり、仕事がらみの予定もいろいろ入っていて心配ですが、渡辺先生の彼女への感謝の意を表するためにも、なんとか参加したいと調整中です。(^_^)v

        posted by: リャンチュウ先生 | - | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
        台湾正規版『梁山伯與祝英台』主演:何潤東・董潔DVD絶版品を入手!
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                     『梁山伯與祝英台』主演:何潤東・董潔DVD絶版品
               台湾正規版(コピー商品ではない)、新品、未使用、未開封を入手
          音声:中国語・字幕:中国語字幕。

               パワポ版講演用「梁祝伝説の起源」の作成をほぼ完了しているのだが、その中に映像を随所に挿入したいと試みてきた。これまで中国で買い集めた「越劇の梁祝」などは全部VCDだが、既に動画変換ソフトで切り取り挿入に成功している。
          だがいずれも画像があらく満足のいくものではなかった。またその中でも、何潤東・董潔DVD主演の、一番新しい梁祝、中国で当時確か10元で買い集めて、多くの人に贈呈してきた。これまでこれがDVD・VCDの中で最も映像が綺麗な梁祝と思っていた。だが、これは今思うと、廉価版コピー製品と思われる。

             

          ←今回見つけた台湾正規版梁祝DVD

          梁祝の最後の場面、祝英台の嫁入り・墓に突進・蝶になる場面などを、パワポに変換挿入してみたが、どうにも画質に納得がいかなく悩んでいた。
             そんな中で、「梁祝伝説にまつわる全文献」を日本語でだれでもが読めるようにするということで、周辺情報を勉強するために、中国のTVドラマで魏晋南北朝に関するものを探していた。

                                                                                                                        これまでの廉価版10元のDVD↑


          そしてまた、常々何かとわからないことを質問している趙凱芳(湘潭大学卒業生で上海で働いている)さんにも調べてもらったりしていた。
          また自分でも『レンタル落ちの中国歴史TVドラマ』などとネットに入力して検索していた。
            

          そんな中で、ヤフオクで『レンタル落ちの中国歴史TVドラマ』で検索していると、これまで自分が中国で見たこともない『梁山伯與祝英台』DVDのタイトル写真に全く偶然に遭遇した。
           

          その説明は
          「中国ドラマ“梁山伯與祝英台”全41話主演:何潤東・董潔DVD-BOX全41話、絶版品:台湾正規版、新品、未使用、未開封。音声:中国語、字幕:中国語字幕:
          現在価格5,980円(税0円)とあり
          入札者は0、あと三日。
             迷わず入札、なんと言ってもBOXの写真が綺麗、三日は待てないのですぐ落札したいと出品者に連絡すると、ヤフーオクオークションの仕組みから応じられないので、三日待って欲しいと返信があった。文面は明らかに日本人ではない日本語だった。
              三日待って、他に入札者がいないので5980円で落札、到着開封、直ちに画質を確認すると映像は完全くっきり明瞭度100%で申し分ない品物だった。
          試してみるとパワポへの変換挿入も問題なくできた。これがあればどの場面でも解像度100%で挿入できることを確認した。コピーを試したができなかった。関係者に分けてあげたいほどよい品質なので、すぐに出品者に同じ品物がもう一つないかと問い合わせた所、絶版でもう他にはないという返信だった。
          とにかく、これまで中国で見たこともない、あまりにも完全な正規品なので、実際に台湾に出かけ中古品などを探せば見つけられるのではないかと思っている。
          パワポに挿入した祝英台嫁入りの場面→
              また、さらに「台湾正規版“梁山伯與祝英台”」と入力し、台湾系の通販サイトを検索して見たところ、台湾通販サイトでは3500円で見つけたので、即座に注文してみた。
          すると、注文は受け付けるが、在庫を確認するので銀行振り込みは(三井住友だった)、しばらく待ってくれという返信があった。やがて返信があり、台湾から発送との返信が先ほどあった。
          またもう一つ台湾のサイトにヒットした、こちらは3000円とでた。注文してみたところ在庫切れ、台湾に在庫を確認するのでしばらく待ってくれという。これは返事はまだない。
          とにかくヤフオクから届いたDVDがあまりにも完璧な解像度なので、字幕と音声は中国ではあるが、興味のある人には垂涎の逸品であることは間違いないので、2,3セットほど買い揃えようと思っている。

           

          posted by: リャンチュウ先生 | - | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
          戯曲「梁祝」のメンバーが多く関わる:老舎『駱駝祥子』(戯曲版)朗読会・8/31横浜へ
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                  戯曲梁祝(リャンチュウ)の古野浩昭先生が率いる「鎌倉演劇人の会」と戯曲「梁祝」のメンバーが多く関わる、催「神奈川県日本中国友好協会・鎌倉演劇人の会
             

            8/31(土)横浜に、梁祝広報部長Tsukaさんと共に出かけた
             

             

             

             

            老舎『駱駝祥子』(戯曲版)朗読会
                〜日本語と中国語での朗読〜


               その様子を、先ほどTsukaさんが氏のブログ「夢酔独言」にアップされたので、以下に全文転載させていただきます。

            2019年8月31日 (土)

            老舎の世界的名作『駱駝祥子(らくだのシアンザ)』の朗読会へ。

            老舎の小説『駱駝祥子(らくだのシアンザ)』朗読会が、午後2時から横浜・本郷台の「地球市民かながわプラザ(あーすプラザ)」で開演されました。古野氏率いる「鎌倉演劇人の会」にとっては、3年間にわたる発表会を経て、集大成ともいうべく公演です。

            Photo_20190901161401 その間、我ら梁祝(リャンチュウ)会」も観劇という形で応援してきました。

            3年間の経緯と説明は先週の予告で書きましたが、30分前、会場で渡辺先生と合流、受付では開催者の大山潔先生(戯曲「駱駝祥子」を日本で翻訳出版)が我々にご挨拶くださいました。

            2_20190901161401 写真は舞台を終えて、
            左から、戯曲「梁祝」の作者で今回の朗読会の制作者であり出演も兼ねた古野浩昭氏、渡辺明次(梁祝会)会長、そして司会を担当された「梁祝劇」のヒロイン役・青井聡子さん。

            会場はしっかり埋まり2時開演。
            プログラム的には、(一社)神奈川県日本中国友好協会副会長の挨拶。
            大山先生による戯曲「駱駝祥子」の大事な結末のお話。
            各場面を明治大学・OB、東京理科大学・学生グループ、放送大学・学生が日本語と中国語での朗読と続きます。

            Photo_20190901161402 そして、古野代表「鎌倉演劇人の会」登場です。
            演劇人だけあって朗読たるも自然な動きが生まれ、なかなかの出来栄えと感じました。

            最後に大山先生リードで青海省の民話『草原情歌』を全員で合唱というフィナーレ。
            01_20190901161401「駱駝祥子」朗読の後、元気に一変する演出でしょうか?会場は明るく盛り上がりました。

            ところで大山先生の解説によると、1936年に老舎が北京で出版した『駱駝祥子』は、
            アメリカで翻訳されヒットするなど、これまでに世界十数か国語に翻訳されている世界的に有名な作品という。

            そんなことも知らなかった私も、この小説の結末がそれぞれの国情と時代により異なっていると言うのを知り、改めて興味を抱いておりました。

            Photo_20190901161502 4時半少し前に終了、さて我ら「梁祝会」の時間です。(笑)
            すぐに東京へ戻り、神田駅で浦野紘一先生と待ち合わせしているのです。
            神田駅近くにある居酒屋「清龍」は、渡辺先生お気に入りの店で、池袋本店は昔通った馴染みの店だそうで、安くて日本酒も料理もいける。

            Photo_20190901161501 時間的にはまだ6時前、
            前橋から来る浦野さんは少し遅れて到着、話が盛り上がったところで彼からの新ニュース、中国・貴州省に招へい訪問が決まったそうで。
            11月に訪中ですって!
            地元、群馬県日本中国友好協会が主催ですか?!

            そんなこんなで、今日も梁祝メンバーからの素敵な新着情報でした。(^_^)v

             

            posted by: リャンチュウ先生 | - | 19:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
            梁祝(リャンチュウ)伝説の灯火再び、全国どこへでも手弁当体制!講演資料パワポ版へ:リニユーアル、プロジェクターまで完全自己完結のバージョンアップ
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               梁祝(リャンチュウ)伝説の灯火再び、講演資料パワポ版へリニユーアル、プロジェクターまで完全自己完結のバージョンアップ

                 これまで何度か羨ましく傍観したパワポ版の各種講演、温めて不発に終わっていた梁祝講演資料、また会場にプロジェクター設備があるとかないとか、A3カラーコピーで資料を用意するなどの諸問題を一挙に解決することにした。

               

              ヤフオクで中古のプロジェクターを24800円で先ず購入し、マニュアル本「できるPower Point2019」を購入、1ヶ月程前に取り組みを開始した。「紙芝居」のように「スライド」なるものに写真や文字を貼り付けていけばよいことが分かり、これまで豊富に温めていた写真、文字資料を基に「スライド」を300枚ほど作成した。

               

              作成中、必要に応じてマニュアル本を辞書のように活用して、動画の挿入などを学習し、スライドショーで画面を、話に合わせてスライドを切り替え一画面ずつ効果をつけて送ることなどを練習した。いまは出来上がった300枚ほどの梁祝講演資料を、見栄えをよくするために内容を読み直しながら検討を加えている。

              そして、どのような状況にも対応できるよう、延長コードから、レーザーポインタまで、完全自己完結を目指し、アマゾンで薄い布製のスクリーンを2400円で購入し投影実験も完了した。

              更にはプロジェクターが中古品なのでランプとフイルターを新品に交換した。いつでもどこへでも肩掛け鞄一つで出動可能となった。現在は、すでに梁祝関連を終え、更なるパワポ機能の研究を兼ね「孟姜女伝説実踏記録」の編集に取りかかっている。ご要望あれば全国どこへでも手弁当!

              posted by: リャンチュウ先生 | - | 15:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
              梁祝(リャンチュウ)会コアメンバー 浦野さんから「宮本元中国大使」の話を聞きに上京すると連絡あり、 7/6の滔天会に続き、池袋再び!
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                   7/6の滔天会に続き、  池袋再び、今回は「漢語角」600回集会へ、   群馬の梁祝(リャンチュウ)会コアメンバー 浦野さんから7/11電話があり、7/14再び新幹線上京を知らせてきた。浦野氏の意向は、「漢語角」600回記念集会に、高名で、発言も注目されている 宮本 雄二(みやもと ゆうじ)元中国大使が特別にお出でになるということなので話を聞き挨拶もしたいという。
                   
                それならばと「梁祝会広報部長Tsukaさん」にも声がけして(飲酒後転倒の傷も癒えたようなので)、氏の快気祝いも兼ね、三人で会終了後、例の「清瀧」で時間を忘れ、一杯のみ気炎をあげた。その経過をTsukaさんが、氏のブログ「夢酔独言」で、二回にわたり詳しく取り上げられましたので、以下に転載させていただきました。
                      

                 


                 写真は宮本大使と浦野さん   なお公園には新華社、NHKをはじめ報道各社のTVカメラ、新聞記者が

                                                                

                下記の「夢酔独言]

                にジャンプすると、7/14のNHK、

                7時のニュースの動画が見れます。

                以下Tsukaさんのブログ→

                2019年7月15日 (月)

                昨日の続き〜「日曜『漢語角』」600回記念〜梁祝会編。

                Img_1650 我ら梁祝(リャンチュウ)会の渡辺明次会長から、昨日の『漢語角』600回記念の写真(渡辺先生が撮られた写真)を送っていただきました。

                Img_166312年前に日本僑報社の段躍中編集長が始めたのが「日曜漢語角」。いわば"中国語サロン"で毎週日曜日に西池袋公園で開催。
                雨にも、風にも、雪にも、夏の暑さにも、一度も休むことなく続け、600回を迎えたわけです。

                Img_1653 「草の根の日中交流」とも呼ばれメディアからの取材は多く、詳しくはこちらでも取り上げています。タイトルがスゴイ!
                公園の一角で、日本人と中国人が交流続けて12年。「草の根交流」はキレイゴトではないのか?聞いてみた。

                Photo_20190715080002 降り続いていた雨が次第に上がり、来賓の宮本雄二元中国大使(上の写真右)が見える午後3時には傘がいらない空模様となりました。大使は自称"晴れ男"、ラッキーです。

                ←私が2時半に到着すると、既に渡辺先生、浦野先生は「東京都日本中国友好協会」の方と話していました。

                Photo_20190715133101

                さて、梁祝(リャンチュウ)会にとって漢語角は、発表の場でもありました。
                左右に載せた写真は当時のものですが、
                10年くらい前から、渡辺先生は著書、訳書、編書などを発刊するとここで宣伝。
                ←左の写真は、人民日報に取り上げられた漢語角でのプレゼンテーションで、新著『孟姜女口承伝説集』の発表。

                Photo_20190715133102 私も漢語角の題字を書いたりして、現在までも陰ながらの応援を続けています。→
                この集まりは私にとっても思い出深き中国語サロンなのです。

                ところで、今日になって東京新聞に掲載された記事を入手できました。

                Photo_20190715142301

                日曜「漢語角」600回、おめでとうございました。(^_^)v

                posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
                『知らないことは恐ろしい』 “中国・改革開放の中の‘草の根’日中開発交流の「記憶」:藤原長作(農業家,稲作指導家)なる人物を知る!!
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                    “知らないことは恐ろしい”論語に曰く『子曰く、由、汝に之を知るを誨(おし)えんか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずとせよ。是れ知るなり。』 

                  「1980年代方正県科学技術委員会試験小組と藤原氏」(

                  真ん中)

                   梁祝会コア会員、群馬の浦野さんから連絡があり、2019年7月6日、新幹線にて上京するが、一緒に行かないかという氏の誘いを受け、『滔天会文化講演会『中国・改革開放の中の‘草の根’日中開発交流の「記憶」』に出席した。


                    会終了後、例の「清瀧」で阿久津・浦野・渡辺で一献酌み交わし、た。今回、梁祝会広報部長の「Tsuka」さんは、飲酒後転倒された時の傷がまだ完治していないので欠席された。

                   

                  ただいま確認、7/6日不参加だった、

                  梁祝会広報部長Tsukaさんのブログ→「夢酔独言」
                  7/10先ほど、この梁祝(リャンチュウ)ブログの内容を

                  取り上げていただきました。

                   

                    藤原 長作(フジワラ チョウサク.なる人物を知る!
                   20世紀日本人名事典の解説:藤原 長作:昭和・平成期の農業家,稲作指導家(1912〜1998)出生地岩手県和賀郡沢内村:学歴、川船尋常小卒:経歴小作農の二男に生まれる。小学校卒業後3年間炭焼きをして蓄えた金で水田を手に入れ米作りに打ち込
                  「中日友好園林」内に建立された藤原長作氏の記念碑

                  む。岩手大学の夏季講座などに通って、寒冷地向けの水稲技術を身につけ、昭和31年豪雪地帯の沢内村の水田で10アールあたり9俵余の収量を記録して米作日本一に。その後“藤原方式”は国内ではあまり生かされなかったが、54年から2度、日中友好協会の農家視察団への参加をきっかけに黒竜江省方正県の技術指導を行う。他の水田の2倍の収穫を上げ、58年同県から栄誉公民の称号を贈られ、59年には黒竜江省から初の科学技術賞を、「人民日報」から水稲王の称号を受けた。


                    ブログ作成途中に、
                   滔天会の講演内容とほぼ同じサイトを発見!
                    『北京放送CRIonlaine日本語(全37分)』

                    稲作技術者・藤原長作氏が中国に残したもの〜拓殖大学・岡田実教授に聞く(上)(日本語で詳しく聞くことができます)
                       北京放送

                   備考:「滔天会」とはアジア解放という大志を抱き、中国の辛亥革命(1911年)を支えた日本の革命家、宮崎滔天(1871−1922年)の意志を汲む、民間の日中交流の集まり「滔天会」。


                    文化講演会が2019年7月6日(土)午後、東京・西池袋のとしま産業振興プラザ(IKE・Biz)で開催されます。昨2018年は日中関係にとって平和友好条約締結40周年、また中国にとっても改革開放政策のスタートから40周年という記念すべき年にあたりました。
                   しかしその初期に、日本側が民間の「草の根」レベルで中国側にどのような協力をしてきたか、どのような成果を挙げて、中国側から高い評価を得てきたか、一般的にはあまり知られていないのが実情です。
                  寒冷地の黒龍江省方正県で稲作技術を伝えた藤原長作、中国全土で水稲畑苗移植技術を指導し、コメの増産に貢献した原正市、スイカの品種改良に心血を注ぎ、北京の人気銘柄に名前の一文字が採用された森田欣一、地域開発の理念と実践である“一村一品”運動が中国でも広く受容された平松守彦……。


                  今回は、JICA中国事務所副所長などを歴任された岡田実・拓殖大学教授を迎え、改革開放の初期にあたる1980年代から90年代に、草の根レベルで顕著な開発協力成果を挙げたこれら4人の日本人にスポットを当て、知られざる改革開放の協力交流と中国側のコメモレイション(記念・ 顕彰行為)の事例を語っていただきます。
                   演 題: 改革開放の中の‘草の根’日中開発協力の「記憶」
                   講 師: 岡田実氏 (拓殖大学教授、元JICA中国事務所副所長)
                    司 会: 段躍中氏(日本僑報社・日中交流研究所)


                   講師略歴:岡田実(おかだ みのる);東北大学法学部卒業後、民間企業勤務を経て、1988年に国際協力事業団(JICA)入職。JICAでは北京大学留学、中国事務所員、中国援助調整専門家、中国事務所副所長として約10年間対中政府開発援助(ODA)に従事した他、本部、外務省経済協力局、JICA研究所等で勤務。2010年、法政大学大学院で政治学博士号を取得し、2014年度より現職。現在、大学で教鞭をとるかたわら、NPO法人日中未来の会、一般社団法人国際善隣協会などで日中民間交流活動に参加している。主な著書『日中関係とODA』、『日中未来遺産』(いずれ日本僑報社より刊行)など。

                  posted by: リャンチュウ先生 | - | 18:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  戯曲・梁祝(リャンチュウ)鎌倉公演の出演者が多く関わる「駱駝祥子」朗読会8/31横浜:「地球市民かながわプラザ5F映像ホール」
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                    戯曲・梁祝(リャンチュウ)鎌倉公演の出演者が多く関わる

                    「駱駝祥子」朗読会8/31横浜:

                      戯曲「梁祝」の作者で鎌倉演劇人の会を率いる「古野浩昭」先生からのお知らせです。

                      梁祝会広報部長のTsukaさんが 今朝、氏のブログ「夢酔独言」で、鎌倉の古野氏から送られてきた、

                    「駱駝祥子」の朗読会についてビラを詳しく取り上げておられますので転載させていただきました。
                       朗読会・日時:8/31(土)14:00〜16:00(チケット500円)
                     場所:「地球市民かながわプラザ5F映像ホール」
                    (横浜市栄区JR根岸線・本郷台駅下車)

                     

                     

                     

                    以下Tsukaさんのブログです

                    2019年6月12日 (水)

                    8月31日「駱駝祥子」朗読会のチラシが完成

                    A 先ほど、戯曲『梁祝』の作者で、「鎌倉演劇人の会」を率いる古野浩昭さんから、
                    「8.31「駱駝祥子」朗読会チラシ完成!」との連絡がありました。
                    裏表のチラシをPDFで送られてきたので、2枚の画像に変換したものです。

                    5月15日の記事で紹介しましたが、
                    「老舎の原作 小説「駱駝祥子」朗読会が「かながわプラザ」で上演!

                    この記事も掲載しました。
                    「日中文化交流」紙に紹介された、「駱駝祥子」の研究家で翻訳家の大山潔先生

                    B_1 以下は古野さんからのメールの転載です。
                    公演の目玉は何と言っても大山先生が演目最後で「梁祝」の旋律と並んで中国で最も美しい曲(民歌)のひとつ「在那遥远的地方」(草原情歌)をステージで独唱することです。
                    大山先生は知る人ぞ知る名うての’ヴォーカリスト’(昔、あの透き通るような声で北京で開かれた中国全土の歌謡コンクール青少年の部で全国一の栄冠を勝ちとった人)只者ではありません。それを、舞台の最後でピアノの伴奏で歌うのです。そして観客と一緒に合唱も。というわけで、「梁祝会」の皆様方にも是非またお越しいただければ、とご案内しました。

                    Photo_60

                    なんと素晴らしいことでしょう、そして我々「梁祝会」とは切っても切れない縁なのです。

                    そういえば、梁祝のヒロイン青井聡子さんは「駱駝」のスタッフではないのですが、この際、お目にかかりたいです!

                    なんて、古野さんにおまかせしますが、私も期待をしております。(笑)

                    posted by: リャンチュウ先生 | - | 08:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    梁祝(リャンチュウ)に関する1300年代の五山文学の漢詩文集の記載!宜興「路暁農」先生からの依頼、調査続行中!
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                      遅ればせながら、  これまで分かったことは、義堂周信(ぎどうしゅうしん)(1325〜1388)南北朝時代の臨済宗の僧、 明極楚俊(みんきそしゅん)(1262〜1336)68才で元(げん)から日本へ渡来した禅僧、73才で日本で亡くなったこと。明極楚俊は寧波(ニンポー)の人であること、5000巻以上の(万巻の書)とともに、高徳の僧として招かれ日本へ来たこと、携えてきた書籍目録はないこと、義堂周信がまとめた書物「重編貞和類聚祖苑聯芳集(貞和年代に古来の祖師の名句を分類集成した)」の霊跡の項目に「梁山伯墓・祝英台墓」に題した漢詩があること、

                       

                      これが、当時の禅僧の間に広く知られたことなのか、また当時の一般の人が知ることであったのかは不明。既に二回、国会図書館に出かけいろいろな文書を渉猟したが、いまだ調査続行中。

                       

                       

                        

                      これまでに見つけた「重編貞和類聚祖苑聯芳集」の二種類の写本原本、明極楚俊像と渡来時の船(中国の明極楚俊の論文)にある。

                       

                      この調査の経過の中で、梁祝(リャンチュウ)二つの漢詩の前に「義之故居」という一行があるので、梁祝広報部長Tsukaさんに報告したところ、本日(5月18日の項目)、氏のブログ

                      「夢酔独言」に経過を取り上げておられますので、

                      以下に全文を転載させていただきました。

                       

                      2019年5月18日 (土)

                      五山文学、「霊跡」の項に書聖・王羲之を詠んだ詩が!

                      先月20日のブログで、「五山文学と梁山伯と祝英台を取り上げましたが、

                      Photo_48 その中に、書聖・王羲之の詩が並んで登場しているのはなぜか?という私の疑問に対し、
                      渡辺明次(梁祝)先生から(連休中に)丁寧な資料が送られてきました。
                      ※右の写真は、先月20日の渡辺先生。神田の居酒屋「清龍」にて→

                      「梁祝のついでに王羲之の部分について経緯を調べました。
                      単語を添えましたのでおわかりいただけると思います。また国会図書館でコピーした活字化された原本は、「五山文学」ではなく「大日本仏教全書143巻」(大正元年発行)にあることがわかり「日本の古本屋(全国の古本屋のネット)」で奈良県の古本屋で4000円で見つけ取り寄せました。
                      100年前の本でページは、乱暴に扱うと破れるような古書です。」

                      02_3 というわけで、私が興味を抱いてしまった王羲之についての詩は「大日本仏教全書」の「霊跡」項目(漢詩三十九首)の中にあったのです。

                      「霊跡」という項目があることを知り、1000年も前の人物名(王羲之+梁山伯+祝英台)が登場するわけがわかりました。中国の僧、偃溪(えんけい)が王羲之の旧居について詠んだ詩なのです。

                      羲之故居    偃溪
                       亭前不改晉山河。亭下春风屈曲過。
                      我自不知贤者事。细挼花片付流波。

                      実は私、連休中にケガをして入院し、今週月曜日に退院。現在自宅で療養中でだいぶ良くなりましたが、頸椎損傷で両手がしびれ、もしや筆が持てないかも?!(笑)

                      でも大丈夫、筆を持つことは問題なし。そこで今日は、筆と気持ちのリハビリ?です。

                      01_5 偃溪の詩「羲之故居」七言句を揮毫しました。
                      私の意訳ですが: 
                      東屋辺りの山河は晋の時代と何も変わらない、見下ろせば春風が曲りくねって過ぎてゆく。
                      私は書聖・王羲之について何も知らないけれど、細かくちぎれた花びらが秋風に乗って流れてゆく。

                      こんな感じかな〜?
                      大雑把でスミマセン。m(__)m

                      posted by: リャンチュウ先生 | - | 07:58 | comments(0) | trackbacks(0) |