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  • 小説梁祝リャンチュウの著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情
    渡辺明次 (09/11)
  • 「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた蘇州の馬漢民先生東京へ、神保町と国会図書館に同行。明代の文学者、蘇州の人、馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のための来日。
    渡辺明次 (09/11)
  • 「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた蘇州の馬漢民先生東京へ、神保町と国会図書館に同行。明代の文学者、蘇州の人、馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のための来日。
    えり (09/09)
  • 小説梁祝リャンチュウの著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情
    えり (09/09)
  •  梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。
    Tsukagoshi (07/25)
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「小説梁祝リャンチュウ」の著者「趙清閣」の若き日と「老舎」晩年の恋愛事情と“駱駝祥子”
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      2/11梁祝広報のTsukaさんと老舎「駱駝祥子」の朗読会に(戯曲梁祝の宜興行きのメンバーがほぼ全員が鎌倉演劇人の会として出演するので宜興行きの確認のためもあり)出かけた。その様子がTsukaさんのブログに取り上げられ、併せて「小説梁祝リャンチュウ」の著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情の部分に言及されているので、改めて2012年10/11の梁祝ブログを読んでみた。なかなかよい内容なので改めてここに紹介し、Tsukaさんのブログ「夢酔独言」を転載させていただきました。


    2012.10.11 Thursday             写真左老舎・右若き日の趙清閣
    若き日の趙清閣・・・・・・・・

     


    ・・・・・・これは「小説梁山伯リャンシャンボと祝英台チュウインタイ」の翻訳出版時2006年趙清閣と生前親交があった上海師範大学史承鈞Shi Cheng Jun教授に依頼して書いていただいた、作者「趙清閣」の人物紹介文(約2700文字)である。それから6年が経過した2012年9月先生よりこれを加筆訂正し(約1600文字)、今後再版の機会があったら新しいものに取り替えてほしいと依頼があったので、加筆訂正部分を試みに翻訳して付け加え全文(約4200文字)を見直したものである。
    関心のある人には、加筆部分はとても興味深い内容で、日本でもよく知られている「老舎」との「趙清閣」の若き日から、晩年までの恋愛事情である。(翻訳渡辺明次) 参考のために翻訳文の最後に史承鈎先生の中国語原文を添えた。・・・・・・・
      

     

    以Tsukaさんのブログ転載です。

     

    2018年2月11日 (日)

    【戯曲】駱駝祥子「第2回・朗読発表会」へ

    【戯曲】駱駝祥子(らくだのシアンザ)
    「第2回・朗読発表会」〜訳注者:大山潔先生をお迎えして〜

    S会場は一年前の「第1回・朗読発表会」と同じ(茗荷谷)放送大学にて。

    「【戯曲】駱駝祥子」(原作:老舎/脚本:梅阡)についてはそこで詳しく書きましたが、今回はその続きで、第三幕「祥子、飢えて倒れる老馬を目の当たりに」。
    一年間の成果発表です。

    3_2午後2時、大山潔先生のミニ北京語講座で始まり、
    明治大学学生、翻訳出版者、鎌倉演劇人の会、放送大学学生が、順に「駱駝祥子」を朗読。→

    この中の「鎌倉演劇人の会」が「【戯曲】梁祝」の作者でもある古野浩昭氏が率いるチーム。↓

    Photo_5今回も日本語で熱演されました。
    先週の土曜日に渡辺明次先生(梁祝会会長)と大船での最終稽古を見てきたわけですが、本番ではさすがに魅せますね、学生さんたちの朗読とは格段の差。

    もちろん競うものではないけどプロとアマの違いかな?
    正谷絵美さんも二度目の出演でだいぶ板についてきたような!(下の写真右から三番目)

    Photo_3さて、『駱駝祥子』とは、中国の作家、老舍の代表作の一つで、1920年代の北京を舞台に貧しい人力車夫「祥子」を描いた小説。
    作者の老舎は生粋の北京っ子で、裏町の住人たちの悲喜哀歓を心をこめて描いた作品。
    とのこと。
    Wikipediaで調べたら「駱駝祥子」の中国読みは「ルオトゥオシヤンズ」。

    S_3ただし、日本語読みで「祥子」は色々あるので、どれが良いのか迷います。(笑)
    (シアンザ、シアンツ、シャンヅ、シャンツなど)

    ところで、渡辺先生のブログによると、
    小説『梁祝(リャンチュウ)』の著者と、『駱駝祥子』の著者が恋愛関係?にあったという一説が興味深い。小説・梁祝の著者「趙清閣」と、「老舎」の恋愛事情

    これもまた不思議な縁で、「梁祝」と「駱駝祥子」では、時代も何も全く違う別の話なのに、今日の役者たちにしても、なぜかどこか繋がっている?のです。(^_^)v

    posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
    もう一つの梁祝リャンチュウ伝説の古里:江蘇省宜興「華夏梁祝文化研究会」からの招待を受けて4/19出発へ向けて完全始動!
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      招待される人員は、総勢7名で往復航空券、滞在費用全額宜興側の負担(4/19発〜4/23帰着)という豪華版。昨年4月寧波、上虞の(中国梁祝文化研究会)での梁祝(リャンチュウ)二人だけの即席の上演が現地のTVで報道されたことに触発されたものと思われる。
       

      中国の梁祝伝説伝承地は十ヶ所以上あるが、はっきりと墓石等の伝承物があり活動しているのは三ヶ所ほどで、その中でも際立ってはっきりしているのが寧波、上虞、宜興である。


        古野先生の「戯曲梁祝(リャンチュウ)」鎌倉公演のグループの、「宜興で公演する一段」の本格練習が2/3にあった。そこで4/19出発に向けて全員の意思確認もあり、梁祝(リャンチュウ)広報部長のTsukaさんに大船まで同行いただき出かけた。その様子をTsukaさんのブログ「夢酔独言」に取り上げていただきましたので、以下転載です。

      2018年2月 3日 (土)

      戯曲「梁祝(リャンチュウ)」スタッフ、4月の中国公演を前にエンジン全開!

      夕方、(日本梁祝会)渡辺明次会長と大船駅となり(本郷台駅)の栄公会堂へ。

      Photo戯曲「梁祝」作者・演出家の古野氏の指導による立ち稽古の日です。

      ただし、我々が出向いた趣旨は、稽古を見に行くと言うより出国を前にスタッフへの挨拶と細部の確認。

      そもそも"中国招へい公演"に至る経緯は昨年11月のブログに書きましたが、
      梁祝ゆかりの地(浙江省寧波)のとなり、江蘇省宜興の路暁農先生(華夏梁祝文化研究会)から、毎年4月の"観蝶祭"(蝶々祭り)に招かれたのです。
      さらに詳しくは梁祝みんなのブログに渡辺先生が執筆しています。

      Photo_3←写真は昨年の寧波での公演、祝英台役の青井聡子さん(左)と梁山伯役の伊藤君。

      今回上演するのは「十八里相送」の段、"祝英台が両親からの急な知らせで実家に戻る"という一節ですが、正谷絵美さんが、学問所の先生の奥方役で初出演するのです。

      01_3※手前右が特訓を受ける絵美さん→

      ところでこの日は古野氏の下で、もうひとつの舞台「駱駝の祥子(らくだのシアンザ)」の朗読劇の最終稽古も行われており、
      何と、絵美さんはこの朗読劇にも出演するのです。(昨年の発表会(第一幕)が役者デビューでした)↓

      Photo_4本番は次の日曜日(2/11)、文京区茗荷谷「放送大学文京センター」にて。

      皆さんの素晴らしいモチベーションに圧倒され、ただただボーっと?芝居稽古に見とれていた私でした。(^_^;)

      posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
      現地速報!梁祝(リャンチュウ)文化園にも寒波襲来! この雪は豊年の瑞兆だという。
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           梁祝(リャンチュウ)広報部長Tsukaさんへ、我々が訪問したときに同行取材をしてくれた 新聞記者、龔国栄(きょうこくえい)氏から速報の雪便りがあり、即日そのブログ夢酔独言に取り上げられました。以下に転載させていただきました。

         

         

         

        2018年1月30日 (火)

        現地速報〜梁祝(リャンチュウ)文化園も寒波襲来!

        02梁祝ゆかりの地「中国・寧波」発、中国人記者、龔国栄さんからの現地情報です。
        渡辺明次先生(日本梁祝研究所長の翻訳を基に、解説を加えました。

         

         

        雪景色の風雅な趣:
        「梁祝文化園、銀色の晴れ着をまとう」

        “雪の降ることなどめったにない”この寧波に、1月27日、2018年の豊年の瑞兆となる一回目の降雪があった。

        01一夜の風雪が舞い、夜が明けると寧波梁祝文化園内の各建築物は白銀の装いに覆われた。
        辺りはとりわけ艶やかで、この際立つ美しさに勝るものはない。

        参拝に訪れた人々の眼前には“この世のものとは思えぬ”水墨画の絵巻が展開。
        まさに、比類なき美しき一幅。

        03“梅は空いっぱいの雪を仰ぎ見て、花ほころぶ”
        一面銀世界の梁祝文化園の梅の花が美しく艶めかしい。

         

         

        この他にもたくさんの雪化粧を撮ってくださいました。

        00中国・寧波は日本から見て上海より南だし、雪が降るとは知りませんでした。
        と言うか、現地の人々も驚いているようで。

        私も、雪化粧を撮った様々な写真を見て、あの時のあの建物が、こんなに見事に変身!

        などとつぶやくばかりでした。(^_^)v

        posted by: リャンチュウ先生 | - | 19:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
        祝英台の婿とり、梁山伯が難関の試験に合格の二つの場面が新年を祝して梁祝文化園(浙江省寧波)で演じられ梁祝(リャンチュウ)伝説の灯火又も燃えさかる。
        0

           Tsukaさんからの新年の挨拶として、 龔国栄(きょうこくえい)さんが、"試験合格申し渡しの場面"

             中国のSNS(WeChat)で配信した記事を知らせてきました。
              以下にその記事を翻訳し、さらにTsukaさんのブログを転載させていただきました。
           
          “紅い毬を投げる英台”
          記事のタイトル

          「祝英台の婿とり、梁山伯が難関の試験に合格の二つの場面が新年を祝して梁祝文化園(浙江省寧波)で演じられ梁祝(リャンチュウ)伝説の灯火又も燃えさかる。」

             2018年1月1日元旦、(浙江省寧波)梁祝(リャンチュウ)文化園は人の山、人の海となり辺り一面熱気にあふれた賑やかな情景が繰り広げられた。当地の民間の演劇人によりユーモアたっぷりの情景、≪英台の婿取り≫、≪十八相送(帰郷する英台を山伯が途中まで見送る場面)≫、

           

          ≪山伯役人に登用される難関試験合格≫の時空を超えた場面が演じられた。なかでも、刺繍を施した紅い毬を観客に投げる場面、天地の神に礼拝をして夫婦になる場面、帰郷する英台を山伯が途中まで見送る場面、(役人に登用される)難関試験合格の場面、などなど梁祝文化園参拝の人の山、人の海は抱腹絶倒、人々を楽しませた。

                                 "携帯電話"を手にする馬文才

          なかでも特に笑いを誘ったのは≪英台の婿取り≫の場面で馬文才が“携帯電話”を手にして登場した場面で抱腹絶倒、そして参拝に訪れた旅行客は英台が投げる“刺繍を施した紅い毬”を競ってとろうとし、今日元旦、演者の舞台も、笑い転げ見入る観客も劇に思わず引き込まれ拍手と歓声が絶えることがなかった。記者:龔国栄(きょうこくえい)
              

          以下Tsukaさんのブログ「夢酔独言」転載です。

          2018年1月16日 (火)

          先日のブログ『梁祝ゆかりの地「寧波」から元旦のイベント』の日本語訳版

          Photo中国人記者、龔国栄さんが書かれた中国語文が私には全く読めないのでHelpを求めると、我ら日本梁祝(リャンチュウ)文化研究所の渡辺明次所長が、日本語に翻訳して「梁祝ブログ」に転載してくれました。

          まず、原文題は:【英台招亲、山伯题金榜 新年梁祝文化园又火了一把】
          訳:《祝英台の婿とり》と《梁山伯が難関の試験に合格》の二つの場面が、新年を祝して梁祝文化園で演じられ、梁祝伝説の灯火がまたも燃えさかる。

          Photo_6ただし訳文そのままでは「梁祝愛情故事」を知っている人にしかわかりません。
          なので、渡辺先生の翻訳は「梁祝ブログ」を見ていただくとして、こちらは写真説明付きで。

          2018年元旦、梁祝文化園は人の山、人の海となり辺り一面熱気にあふれた賑やかな情景が繰り広げられた。

          Photo_7“畄爐離劵蹈ぅ鵝塀鳳兮罅砲量擦箸蝓↑
          これは、物語にはないイベント用のアイデアで、観客に向けて、"刺繍を施した紅い毬を投げる祝英台".

           

          ←⊇夙相送:帰郷する英台を山伯が途中まで見送る場面

          N損廓譴役人に登用される難関試験に合格、の時空を超えた場面が演じられた。↓

          Photo_4などなど、梁祝文化園参拝の人々はユーモアを介し楽しんだ。

          なかでも特に笑いを誘ったのは≪祝英台の婿取り≫の場面で、馬文才(両親が勝手に決めた英台のいいなずけ)が、“携帯電話”を手にして登場した場面では観客が抱腹絶倒。↓

          Photo_5そして参拝に訪れた旅行客は英台が投げる“刺繍を施した紅い毬”を競ってとろうとし、演者の舞台も、笑い転げ見入る観客も劇に思わず引き込まれ拍手と歓声が絶えることがなかった。

          ということでした。
          やっぱり解らないままをブログにしても、中身のない軽い内容になってしまいます。渡辺先生が翻訳くださったおかげでよ〜くわかりました。
          大変ユニークで活気に満ちた新年イベントだったのですね!(^_^;)

          posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
          2018年4月(江蘇省)宜興からの「戯曲梁祝」上演の招待を受け招待者メンバーの参加意志最終確認を兼ね古野宅での梁祝会忘年会へ
          0

              12月30日、上虞(祝英台のふる里)の陳剣峰氏から新年の挨拶を兼ねて以下のメールが届いた。その内容は12/29日に横浜の古野先生(戯曲梁祝の作者)宅で開かれた「梁祝会」忘年会への祝意と、もう一つは、

            (我々の上虞訪問に最大限のもてなしで対応していただいた)父君の陳秋強先生が梁祝伝説研究の権威として(梁祝伝説はすでにユネスコの無形文化遺産に認定されている)国家文化部(中華人民共和

            左:陳秋強先生近影:右文化部よりの文書

            国国務院に属する行政部門。文化事業を管轄する。日本の文化庁にあたる役所)から

            、梁祝伝説の研究に十数年を捧げた功績が認められ、「無形文化遺産梁祝伝説正式伝承者」という称号が授けられたので、日本の梁祝会の皆さんに伝え一緒に喜んで欲しいという内容です。


                12/29の古野先生宅における梁祝会の様子を梁祝会広報部長のTsukaさんのブログ「夢酔独言」で取り上げていただきましたので例のごとく以下に転載させていただきます。

             

            2017年12月29日 (金)

            梁祝(リャンチュウ)忘年会、2017年版は横浜で。

            今年の梁祝会の忘年会は、「『戯曲・梁祝』の作者・古野浩昭氏のお宅にて」。

            Photo2ヶ月前からのお誘いですが、副題は「ラクダ・梁祝 キックオフパーティー」。
            ラクダとは?、その時のブログに詳しく書きましたが、

            以下は古野さんからのお誘い文、
            参加者:老舎の「駱駝祥子」朗読会(2018/2/11 放送大学)出演者、および、中国江蘇省・宜興「梁祝祭」(4/20〜22)出演者ら約15人。
            Photo_2役者たちは、パーティーの始まる前、午後1時過ぎから拙宅で脚本の読み合わせをします。
            パーティーでは、各参加者に食べ物又は飲み物を一品ずつ持ち寄っていただき、
            恒例のメニュー(北京っ子の
            大山潔先生(東京大学文学博士)は、手造りの北京餃子、丹沢で仕留めた鹿刺し、ベトナムフォーなどをご賞味していただく予定です。ご来場お待ちしています。

            Photo_3そうです、つまり
            来年の2月は、
            放送大学(茗荷谷)で「駱駝祥子」朗読会、(今年の2月の発表会に続く第2幕だそうで)。右はそのポスター→
            4月には、
            戯曲「梁祝」スタッフが、中国江蘇省・宜興に招かれ舞台公演の一段を披露。
            と、大イベントが続くのです。

            01我々「梁祝会」組4名は17:20に大船駅で待ち合わせ、根岸線で一駅の「本郷台駅」へ。
            その後、徒歩で古野邸まで(少し迷いましたが)予定の18時に到着。

            Photo_4役者のみなさんは最後の読み合わせの最中、大山先生は手造りの北京餃子を調理中でした。↓

            家庭的で何とも良い雰囲気。

            梁祝会側の渡辺先生も早速、梁祝タイトルなどを飾りつけ始め、
            4月の中国江蘇省・宜興での段取りや最新情報を報告されました。

            Photo_5いつもの池袋や新橋での飲み会とは違い、中身の濃い忘年会です。

            ↓正谷絵美さんは両方の舞台に出演、と聞き、スゴイ。

            Photo_8さらに驚いたのは、中国側から梁祝を演じる役者のひとり、ひとりに、書を送ってきたそうで、
            下の写真がその一幅で、(祝英台役の)青井聡子さんへは、「玉水蝶舞」。
            意味は、「玉水に蝶が舞う」ですか?中国人らしい、きちっとした正統派の篆書(てんしょ)です。

            考えてみると、祝英台の郷(上虞)の梁祝伝説研究者である万国通先生も自筆の書を梁祝会にくださったし、
            私の書を中国でもちらつかせているせいか?書の交流にもなっているような…?

            Photo_7世界で中国と日本だけの漢字文化交流とは!
            変なところで?感動した私でした。(笑)

            おいしい手作り料理をいただいて、持ち込みのお酒もたっぷり飲んで、今年最後の締めにふさわしい小宴会でした。
            さあ、来年は、多岐多様にわたる展開を見せることでしょう。(^_^)v

            posted by: リャンチュウ先生 | - | 14:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
            江蘇省宜興の路老師が2018年4月末宜興で行われる「観蝶祭」で戯曲梁祝の一段を演じて欲しいので正式の招待状を10/26に渡辺先生宛に送ったと、上海の周友文を通じて連絡を受けた。
            0

                  
                   これまでもその経緯をこのブログで詳しくお伝えしてきました、

                                           詳細はこのブログのそれぞれのアーカイブを参照していただきたい・・・
                      今年3月末、古野浩昭先生の(鎌倉で2009年10月3日公演された)「戯曲梁祝(リャンチュウ)」の中で都合がついた古野・青井・伊藤の各氏を渡辺が中心となり寧波、上虞を表敬訪問した。その折ほとんど即興で寧波と上虞の舞台で梁祝の一段を演じた。このことは現地の新聞やTVで報道された。おそらくこの報道を路老師が知り今回の話になったのであろう。

               

              路老師との縁は
              「東アジア文化の都・2016寧波」活動に招かれ、その中で行われた『中日韓梁祝文化学術シンポジウム』でもう一つの梁祝伝承遺跡のある江蘇省宜興の華夏梁祝文化研究会の路曉農先生から、我々一同がびっくりするような心こもる熱烈な挨拶を受けた。

                       

                                     ここに至る細かい経緯を梁祝(リャンチュウ)会広報部長Tsukaさんの

              ブログ「夢酔独言」で取り上げていただきましたので

                               以下に転載させていただきました。

               

              2017年11月23日 (木)

              戯曲「梁祝(リャンチュウ)」スタッフが、中国の「観蝶祭(蝶々祭り)」に招かれる!

              この春(3月)、戯曲・梁祝一行が本場中国の寧波と上虞でその一部を演じたことが、大きなニュースとなり、大成功を収めました。

              01その後すぐに、お隣り江蘇省宜興から、毎年4月に催される"梁祝祭り"に招きたいとのオファーがあったのです。
              しかし、渡辺先生はじめスタッフとしては、帰国したばかりでまた訪中するわけにも行かず断ったそうで、その経緯は「梁祝みんなのブログ」に書かれています。

              ところで、右の2枚の写真は9年前の鎌倉・舞台公演のカット(DVDより)、

              02上が青井聡子さん演じるヒロイン祝英台とその両親。父親は戯曲の作者であり役者も演じた古野浩昭氏。
              因みに、後ろにある掛け軸の書は、この舞台のために私が揮毫したもの。(笑)
              下は、伊藤健康君演じる梁山伯と祝英台の召使いで、銀心と四九。

              訪中から半年以上経った今、先方から再度連絡が!
              来年4月の"梁祝祭り"こそ、この方々に来ていただきたいと招請状が届いたそうで、渡辺明次先生(日本梁祝会会長)から邦訳文を私にも封書で送ってくれました。

              結局、渡辺先生はじめ、日中間の橋渡しとして最も重要な正谷絵美さんも含め7名を、旅費から滞在中の全てを含めて招待。これはスゴイこと。

              Photoそもそも「鎌倉・戯曲梁祝」古野氏他を江蘇省宜興に招きたいという、路暁農(ろぎょうのう)先生(華夏梁祝文化研究会)とは、私も昨年春にお会いしていました。
              ←中国・寧波政府の招待を受け、「梁祝文化研究の専門家」として中日韓のシンポジウムに参加した時のこと。

              上の写真、右から2番目の赤いベストを着た方が路暁農先生で、
              その時に路先生の著書『「梁祝」的起源与流変』をいただきました。(下の写真)

              Photo_3この本、中国語で、私には全然読めないのですが題字は『「梁祝」の起源と変遷』でしょう。

              このテーマは、渡辺先生の著書梁山伯祝英台伝説の真実性を追うにも…、
              第一章の一、「『梁祝伝説』愛情故事の起源と変遷の歴史」として研究されていました。

              しかし、渡辺先生の研究は広範囲で、十箇所にあるという梁祝のお墓を全て廻り、この招請くださった地(江蘇省宜興市)にも二回ほど尋ねているのです。

              この著書を再度読んでみると興味深いことばかり。この地には伝説中の「梁祝学問所」と祝英台の墓は存在するが、梁山伯の墓が見つけ出せない。
              聞くところによるとこの地は観光地として名高いそうで、たくさんの蝶々が飛び交うという。これぞ、梁祝の二人が最後に蝶になったことを暗示する光景なのかな?と。

              その他にも、中国各地でお祭りに利用している地が他にもたくさんあるそうですが、
              それだけ、梁祝愛情故事は中国全土から愛されていると言うことなのでしょう。
              梁祝サイト:http://www.liangzhu.jp/

              私からもご健闘をお祈り申し上げます。(^_^)v

              posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
              「王羲之の書」をめぐるTsukaさんとのやりとりのご報告もあり、国際シンポジウム「不確実性の時代における東アジア協力の在り方」へ出かけた
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                    梁祝(リャンチュウ)会、広報部長のTsukaさんのmixiにアップされた日本華人教授会議主催の国際シンポジウム「不確実性の時代における東アジア協力の在り方」に又、中国の提唱している「一帯一路」とかに個人的にも興味があり専門家の話を聞きたいと思ったこと、

                   「今回の蘇州のシンポジウム」や、この2、3日来、「祝英台(チュウインタイ)の故郷、上虞祝府の王羲之の書」をめぐるTsukaさんとのやりとりの整理もあるので、

                  この機会にお話ししておかなければとも思ったので急遽Tsukaさんとご一緒した。
                   

                その様子をTsukaさんのブログ「夢酔独言」10/14と

                10/15で取り上げておられますので例の如く
                以下転載させていただきました。

                2017年10月14日 (土)

                「日中教授会議14th国際シンポジウム」へ

                2017年10月15日 (日)

                昨日のシンポジウムのあとは、ミニ「梁祝会」。

                昨日のシンポジウムのあと、我ら3人は本郷三丁目界隈の居酒屋を求めフラフラと。

                結局シンポジウムの話題から離れ、ミニ「梁祝会」となりました。(笑)
                (写真右端は、渡辺先生が高校教師時代の同僚で、阿久津先生)

                301ここで繰り広げられた話題は、私が書いた先日のブログ、「壁に書かれていた王羲之の「姨母帖」と「初月帖」!」について新事実がわかったからです。

                このことに渡辺先生も関心を持ち、「上虞祝府の王羲之の書に関して、なぜあそこにあの文字があるのか?」と、現地に質問してくれたのです。

                返事:写真の前にある人物は王羲之で、書はその通り王羲之の作品「姨母帖」と「初月帖」です。
                それがここにある理由は、祝府テーマパークに芸術的雰囲気を醸し出すためと思います。文の内容は祝英台(チュンインタイ)と関係ありません。とのこと。

                Photo_6そうですか、男の人形は祝英台の父親かな?と思ったけど間違えでした。王羲之そのものだったのですね。

                ただし私の疑問はもうひとつ、右から3行目の文字「姨母」が、壁の模写では「姨女」になっている件です。

                (左が現地資料館の展示物の写真、下の画像は原本の部分アップ)

                Photo_8これについても渡辺先生が質問を送ってくださいました。

                先方は驚き、さっそく会長および研究者に連絡を取り、分析と見解を求めた結果、なんと資料館側の間違えだそうで、その経緯と理由も伝えてきました。
                同時に、指摘をした渡辺先生への敬意と感謝の辞が添えられていたのです。

                中国人は一般的に己の否を易々と認めないそうです。しかし、先方のこの謝辞は渡辺明次先生への信頼がいかに厚いかを物語っていると思います。

                ところで、祝府の陳秋強会長からこの問題とは別の驚くべき新事実を知らされ、(それは東晋の時代の「書」に纏わることでもあり)、私の好奇心が再燃しました。
                あまりに奥深い展開なので、渡辺先生の日本語翻訳文をもとに、後日、改めて紹介させていただくつもりです。(^_^)v

                posted by: リャンチュウ先生 | - | 08:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
                招かれて蘇州へ、現代蘇州の口語長編叙事詩≪常徳盛(じょうとくせい)≫シンポジウムに参加、そして馮夢龍村(ふうむりゅう)にある馮夢龍記念館へ
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                  →梁祝(リャンチュウ)広報部長のTsukaさんのブログ「夢酔独言」でも今回の蘇州行きを取り上げていただいています。

                  渡辺を招いてくれた主催単位は
                       中国社会科学院文学研究所・江蘇省民間文芸家協会・蘇州市文聯(文学芸術界連合会)・常熟市文聯。                                                                            
                  蒋巷村にある蒋巷村史館 
                  招かれた会議の名称は

                  「蘇州白話長詩≪常徳盛≫研討会」

                   

                  (現代蘇州の口語長編叙事詩≪常徳盛≫シンポジウム)
                  この長編叙事詩≪常徳盛≫は2002年出版で「馬漢民」氏の著作である。渡辺明次は同じ馬漢民氏の孟姜女の口承伝説を日本語に翻訳している(孟姜女口承伝説集のなかで3分の1を占める)という関係で招待され。
                  航空券代5000元、滞在手当2000元をいただいた。渡辺は随所で梁祝(リャンチュウ)伝説・孟姜女伝説の研究者として丁寧に紹介された。また渡辺のための分科会も設定していただいた。
                  会場となった蘇州のホテルで

                  さらにこの長編叙事詩≪常徳盛≫を日本語に翻訳し蘇州で出版したいので協力して欲しいと言われている。           

                  最初はメインだと思った9/22の馮夢龍(ふうむりゅう)記念館の行事は9/22の蘇州のシンポジウムと時間帯が一緒で蘇州市文聯としては馬漢民のシンポジウムの方を優先するといわれ馮夢龍記念館には行けなかった。それで9/23日、車を手配してもらい馮夢龍記念館に出かけた。  
                   
                     最初はあまり会議の内容や行程を知らされていなかったが、整理すると以下のようになる。
                      9月20日(水):夜9時に蘇州駅に到着、出迎えを受けて蘇州市内のホテル宿泊と思っていたら、そのまま車で、これから60厠イ譴秦表の郊外にある蒋巷村(しょうこうむら)に向かうという(江蘇省常熟市支塘鎮蒋巷村)。11時頃、蒋巷村にある「蒋巷賓館」に到着(すでにシンポジウムに参加する人たちは到着しており渡辺がラストのようだった。)(蒋巷村にある「蒋巷賓館」に宿泊)
                     蒋巷村(しょうこうむら)は「常徳盛」の作り上げた理想の村。
                     
                  馮夢龍記念館で
                     

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  9月21日(木):「社会主義新農村のリーダー」の常徳盛:貧しい農村を出稼ぎもない豊かな楽園のような農村にした『常徳盛(じょうとくせい)』の村をほぼ一日かけて実際の農村の様子を実地見学・映像ドキュメンタリー・資料館など。馬漢民・渡辺・常徳盛→
                  (蒋巷村にある「蒋巷賓館」に宿泊)
                       中国現代の歴代の指導者も訪れている、とても有名な村で田園風景・劇場・ホテル・見学者の民宿施設・幼稚園・立派な家屋など見学。なおこの村は「蒋巷賓館」があり、誰でもが訪問し宿泊することができる。

                   

                                          

                    9月22日(金):早朝、蒋巷村から蘇州市のシンポジウムの会場、宿泊を兼ねる市内のホテルに移動。終日「常徳盛(現在74歳)」氏、本人も出席して「蘇州白話長詩≪常徳盛≫研討会」(現代蘇州の口語長編叙事詩≪常徳盛≫シンポジウムに出席。(会場となった蘇州のホテル泊)

                   

                    9月 23日(土):通訳がいなかったので土曜でもあるし蘇州から近いので上海から周友文を通訳として急遽、来てもらって分科会の通訳と馮夢龍記念館に(蘇州から車で30分強)同行してもらった。午前中:分科会として

                  「孟姜女口承伝説集」を主とする、渡辺明次を囲む座談会。 午後、車を手配してもらい周友文も一緒に、蘇州市相城高新区(黄埭鎮こうたいちん)馮夢龍村(ふうむりゅう)にある馮夢龍記念館(まだ展示等は完成していないように見受けられた)へ出かけた。  渡辺の分科会(会場となった蘇州のホテル泊)

                                                       渡辺の分科会                      

                    9月24日(日曜日)車が用意され蘇州から上海の浦東空港のチェックインカウンターまで送ってもらったので、荷物を引きずっての蘇州からの高速鉄道、虹橋から地下鉄での浦東への移動の面倒がなかった。

                     参考
                  →「常徳盛」氏は全国優秀共産党員・中共16次、18次人民会議代表・全国労働模範・全国郷鎮企業家であり

                  以下→中国の新聞報道によれば、模範人物の奉仕精神に見習う
                    「仕事をきちんとやらなければ、ご飯は食えないが、ご飯のために仕事をするのではない」、「貧乏に根は生えない、富は生まれつきあるのではない」、席上、常熟蒋巷村から来た「社会主義新農村のリーダー」の常徳盛さんは、朴訥とした口調で、江蘇省南部一番貧しい農村を「全面的に発達した」国家級の文明的で生態環境のすばらしい村にするために、40年余りに渡っていかに貢献したかを語った。

                     

                  ☆馮夢龍記念館:所在地は(蘇州から車で30分強)     

                  蘇州市相城高新区(黄埭鎮こうたいちん)馮夢龍村(ふうむりゅう)
                                馮夢龍記念館
                   
                  ☆常徳盛の村:所在地は(蘇州から車で2時間ほど)
                      江蘇省常熟市支塘鎮蒋巷村

                  posted by: リャンチュウ先生 | - | 19:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
                   戯曲梁祝(リャンチュウ)鎌倉公演で祝英台(チュウインタイ)を演じた女優、青井聡子さんが主宰する「The湘南会」の第三回公演を見に9/2大船へ
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                    以下
                    その様子を梁祝会広報部長Tsukaさんが、そのブログ「夢酔独言」で取りあげておられますので転載させていただきます。

                    2017年9月 2日 (土)

                    今年も青井聡子さんのお芝居を観に。

                     

                     

                    お芝居の詳細は1ヶ月前のお知らせ通りですが、あの「梁祝(リャンチュウ)愛情故事」のヒロイン役とは打って変わって手品師役、なぜかチャイナドレスを身に纏って。

                    Photo 大船から湘南モノレールに乗って1つ目、徒歩3分の小さな芝居小屋。私は3度目となりますが、大劇場とはまるで違ってこれがまた良いのです。
                     

                        我ら「梁祝会」の渡辺先生はじめ阿久津氏、浦野氏、そして嬉しいことに瀬野(元重慶総領事)さんも見えました。新年会以来です。

                    Photo_3 今日は午後1時と6時の舞台、8月30日から9月4日までに9回もやるんですね!
                    写真は午後1時の部が終わって、芝居小屋の前で。

                    02_2 皆さんなかなか良い笑顔してます(笑)
                        

                           さて時間はまだ3時、この後は、大船駅前の居酒屋を予約して待っておられる方がいるのです。9年前、鎌倉で舞台公演を成功裏に収めた「戯曲・梁祝」の作者、古野さんです。

                    01今年の春に梁祝の本家本元(中国の寧波、上虞)にて「戯曲・梁祝」の一節を演じ
                    大歓迎されたことは、梁祝ホームページのトップに詳しく掲載してあります。
                    ゆかりある別の地からも招待の話が来ているとか?


                     

                     

                    さて、居酒屋に到着。男ばっかり6名の飲み会となりましたが、そんなこんなの情報で中味は濃い。

                    074_1ところで渡辺先生は、梁祝関連だけでなく孟姜女(モウキョウジョ)口承伝説集も出版しているのですが、→
                    こちらの件でも、中国の別の地域からのお誘いがあるそうで、スゴイ話ばかり。何か次第に盛り上がって来ました。

                    10年待った甲斐があるというより、それまで地道に活動してきた成果?
                    というか知らず知らずに、日中友好、相互理解のお役にたっているのかも知れません。(^^)v

                    posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた蘇州の馬漢民先生東京へ、神保町と国会図書館に同行。明代の文学者、蘇州の人、馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のための来日。
                    0

                      「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた蘇州の馬漢民先生東京へ
                      神保町と国会図書館に同行。明代の文学者、蘇州の人、馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のための来日。

                          8月13日に面識のない劉超さん(日本のSoftBankに就職している青年)から突然以下のメールが来た。
                       

                        渡辺先生
                         こんにちは、在日中国人博士協会の劉です。蘇州の馬漢民先生が一週間の予定で日本に来られています。馬漢民先生は渡辺先生に連絡し、是非、会えるようにしてくれと私に依頼してきました。ご都合をご連絡ください。(浜松町にある三井ガーデンホテルに滞在しております。)
                      2007年蘇州のご自宅を訪問したとき

                              馬漢民先生は「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた方である。当時2008年には江蘇省呉歌学会会長であり、呉の文化を中心とする著名な民俗学者である。馬漢民先生には渡辺が2007年、孟姜女伝説の実踏調査で蘇州に行ったときに、現地でいろいろと尋ね回る中で孟姜女伝説研究の最高権威として紹介された。そしてとても親切に数多くの資料を“自由に翻訳して役立ててください”と提供してもらった。
                       

                         浜松町の三井ガーデンホテルにて秘書、渡辺、馬先生、国立歴史民族博物館の福田教授

                      その中でも特に盲目で“酔っ払いの永根”と呼ばれた(姚永根)の口述する「孟姜女十二月花名」・「長編叙事呉歌・孟姜女全十章」は馬漢民先生が採集、整理した貴重なものである。
                      いまはもう86歳のご高齢にも関わらず、秘書と二人だけの来日である。


                       

                      今回の来日の理由は日本でもよく知られている明代の文学者【馮夢竜 Féng Mèng lóng(ふうむりゅう〉1574年-1646年〈ふうぼうりょう〉とも】が蘇州の人で、その記念館を蘇州に建てているところで、馬漢民先生は馮夢竜研究の権威でもあり、その資料集めの責任者を務めているのだという。中国では既に散逸してしまっているが、日本にしかない原本の著作や資料がかなりきちんと日本にあるのでそのリスト収集、または購入のための来日であるという。
                        

                         メインは神保町の中国研究書専門店と国会図書館の馮夢竜蔵書目録と、中国に既にないものがリストにあるかまた、コピー可能な原本を調べることである。
                         そこで8月15日、秘書の日本語も問題なさそうだが神保町への同行を依頼されたので国会図書館の入館手続き、コピーなどのこともあり終日付き合った。国会図書館では昼食もとったり、コピーをしたりしたが、職員の服務態度や親切さにこれはもう中国とは比べものにならず、世界一ではないかと、しきりに感心していた。
                      また国会図書館にある「真理がわれらを自由にする」という正面受付の言葉を紹介した。
                        

                         国会の周りでは折りから終戦記念日8月15日の右翼の街宣車が大音響のスピーカーで走り回る様子を動画に収めたり、(中国に比べ警備の警察官の数の少ないことにしきりに感心)神保町にタクシーで向かう途中、靖国神社周辺の渋滞に巻き込まれたりでいろいろ興味深い様子で見入っていた。
                        神保町ではあいにく、中国書専門店がお盆の休みに当たっていたが、開いている店では日本語訳のある馮夢竜、中国語の原本(爆買いと言ってもよいほどの買い漁り)、3人で持ち運ぶのが困難になった二時頃、例のどしゃ降りの雨に見舞われた。書店で雨宿りしていたが、雨が止みそうにもないのでホテルに戻り一献と誘われていたが、お茶の水で別れた。

                        タクシーで浜松町のホテルに戻ると言っていたが、あの雨の中無事に戻れたろうか?

                      posted by: リャンチュウ先生 | - | 17:53 | comments(2) | trackbacks(0) |