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  •  梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。
    Tsukagoshi (07/25)
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最近の梁祝(リャンチュウ)会の消息:先週EMS便でA4の大きさの書類便三通を上虞・寧波に発送した。
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      最近の梁祝(リャンチュウ)会の消息:先週EMS便でA4の大きさの書類便三通を上虞・寧波に発送した。

    (上虞の英台文化研究会会長「陳秋強」・寧波の梁祝リャンチュウ研究会「周静書」会長・寧波梁祝文化園の「厳友祥」総経理)。
     

        内容は、1,先日の鎌倉の集合写真、懇談の様子をA4で三枚ずつ、
                    2,塚越さんに新しく作成していただいた梁祝ブログのページのカラー印刷。
    3,上虞の陳会長は知らないことなので訪日中止には触れず(三名同じ内容の今回の礼状)
    4,また鎌倉の古野さん、青井さんが大船の席で
    「来年の3月ごろ、鎌倉の何人かで寧波、上虞に行こうか」と提案していたので
    (古野さん青井さんと鎌倉の演者二、三名)、もしそういう計画が実現した場合、
    表敬訪問を受けてくれるか(また周会長は時々出張とかで長期不在のことがあるので)
    二月末、3月初旬の都合はどうか問い合わせている。この件について12/9までにメールで返信を要求しています。
    もちろん周静書会長の袋には、寧波で塚越さんに周静書会長が揮毫を依頼した書も同封した。

       

    本日、梁祝会(リャンチュウ)広報部長Tsukaさんのブログ「夢酔独言」で最近の梁祝(リャンチュウ)会の消息が取り上げられましたので例の如く以下転載させていただきました。
       

    2016年11月17日 (木)

    2016年「梁祝(リャンチュウ)忘年会」を予約。

    10/23の予定だった、中国の「梁祝文化研究会」ご一行12名の訪日が延期となり
    準備していた鎌倉の「戯曲梁祝」公演スタッフたちは、やむを得ず同窓会に変更、そこに我々が参加したわけですが
    今度はこちら(東京)で、忘年会の計画を立てました。


    これが今回揮毫を依頼され、寧波へ送ったTsukaさんの書です

    Photo


    昨年は当日の参加者が大幅に増え、嬉しい事でしたが、今年は10名の個室を予約。

    Hp02s・先ずは、鎌倉「戯曲梁祝(リャンチュウ)」で

    ヒロイン祝英台を演じた女優の青井さん、
     

    ・そして、東洋大学教授の続三義先生、(訪日ご一行に備え、「梁祝伝説」をテーマに学生40名に講演を手配してくださっていましたが、訪日中止で断念。)
    ・さらには、「上虞市英台文化研究会」の陳会長のお孫さんが(現在練馬区在住)、初参加となりました。

    この3名の方を今回のメインゲストとしてお迎えしましょう。

    Hpsまだまだ素晴らしい方々が!
    ・福島市日中友好協会の山田会長・・・・

    ・・・・・・
    ・末席には私(日本梁祝文化研究所広報部長)の10名
    となりました。本日、池袋「養老乃瀧」に(12/9)最終確認して準備完了。
    今回は初対面同士の方が多く、それがまた楽しみです。(^^)v

    posted by: リャンチュウ先生 | - | 08:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    比翼の鳥(ひよくのとり)考
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       「比翼の鳥」(ひよく-のとり)考  

          寧波の梁山伯(リャンシャンボ)の墓所がある梁祝(リャンチュウ)文化園に新しくつくられていた「愛情三字経」(いま新しく園内に登場した各種の掲示文を日本語に翻訳する作業をしているのであるが)のなかにある「比翼鳥」に関して、何も知らず、浅学甚だしき訳者は(汗顔しきり)、「比」と「翼」「鳥」をそれぞれ別々にとらえ「鳥の翼にたとえられる」と訳した。

       

        これを続三義先生がたまたま目にされ、誤りを指摘してくれた。そして初めて「比翼の鳥」(ひよく-のとり)  なるものを知ることになった。これは日本でも古典にしばしば登場し、知る人ぞ知ることなのであった。
         

         なお蛇足ではあるが、調べた経過を以下に付け加える。
      辞書で「比翼」と引くことなど思いもよらず
      「比」と「翼」と「鳥」をそれぞれ別々にとらえた。

      知らないと言うことは恐ろしい、その後辞書で引くと、
       

        中国語の辞書でも普通に出てくる語で

         ★ 比翼[bǐyì]翼を並べて(飛ぶ).

         ★比翼鸟[bǐyìniǎo] 比翼の鳥.【補足】伝説中の鳥で,仲のよい夫婦のたとえ.    ★〔比翼连理〕bǐyì liánlǐ  [成]〔比翼〕(羽を並べる)鳥と〔连理〕(互いに枝をさしかわし連ねた)枝:愛情の深い夫婦のたとえ.〔在天愿作比翼鸟,在地愿为连理枝〕(白居易·长恨歌)天にありては願わくは比翼の鳥とならん,地にありては願わくは連理の枝とならん.
          

      また国語の辞書、平凡社の百科事典にも普通に出てくる語である
      ( なおブリタニカにはなかった)
         ★ひよく-のとり【比翼の鳥】
      (1)中国での、想像上の鳥。雌雄が各々つばさと目を一つずつもち、つねに雌雄一体となって飛ぶという鳥。男女の仲の深いこと、愛情がこまやかなことをたとえていう。羽を交(かわ)せる鳥。比翼。(2)ゴクラクチョウの異名。
      三省堂 『大辞林 第二版』
         ★ひよく【比翼】 の 鳥(とり) 空想の鳥で、雌雄各一目一翼、常に一体となって飛ぶというもの。男女の契りの深いこと、仲むつまじいことにたとえる。白居易「長恨歌」の「在レ天願作二比翼鳥一、在レ地願為二連理枝一」で有名。▷ 延喜式(927)二一
      「祥瑞 比翼鳥。〈状如レ鳬。一翼一目。不レ比不レ飛〉」 鳥「ごくらくちょう(極楽鳥)」の異名。→ひよく【比翼】 精選版日本国語大辞典
         ★翼の鳥  ひよくのとり
      中国において,雌雄のつがいが一体となって飛ぶという想像上の鳥。封禅が行われるときには東海から比目の魚が,西海から比翼の鳥がやってくるといわれる一方,《山海経(せんがいきよう)》では崇吾山の蛮蛮とよばれる比翼の鳥が大水をもたらすといい,吉鳥でもあれば凶鳥でもある。白居易(楽天)の《長恨歌》が〈天に在っては願わくは比翼の鳥とならん〉とうたうように,男女の深いちぎりのたとえにも用いられ,〈比翼塚〉はこれにもとづく。
      世界大百科事典
       

            梁祝(リャンチュウ)広報Tsukaさんが、自分が続三義先生にまちがいを指摘され訂正したところ、この事を取り上げていただいたので例の如くTsukaさんのブログを以下に転載させていただきました。  

      http://musuidokugen.tea-nifty.com/

      2016年10月30日 (日)

      「比翼の鳥と、連理の枝」とは?

      寧波の"愛情聖地"に設置の『愛情三字経』−その2です。

      Photo今日は【情意長 不離棄 心比翼 両相愛】を(なぶり書き)しましたが、
      この三行目の「心比翼」の意味は「心は比翼の鳥のように」だと。

      では、比翼の鳥って何?となり、一つ勉強になりました。

      03【比翼(ひよく)の鳥】とは、
      雌雄それぞれが目と翼を一つずつもち、2羽が常に一体となって飛ぶという、
      中国の空想上の鳥。夫婦の仲のよいことにたとえられる。

      ここにはないけど、もう一つ
      【連理(れんり)の枝】とは、
      根元が別々の二本の木で、枝や幹が途中で繋がったもの。

      やはり、夫婦の仲のむつまじいことのたとえ。
      「比翼の鳥」と「連理の枝」で【比翼連理(ひよくれんり)】
      男女の深い契りの慣用句だそうです。

      Photo_2全文の意訳は
      愛情は深く長く、互いに離れ厭うことがない
      心は比翼の鳥のように、二人は互いに愛し会う

      さらに調べたら、
      白居易の詩『長恨歌』に、「天に在りては願わくは比翼の鳥と作らん、地に在りては連理の枝と為らん」に基づくそうです。

      posted by: リャンチュウ先生 | - | 18:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      鎌倉の「梁祝(リャンチュウ)同窓会」に参加(10月24日鎌倉)
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         中国梁祝文化研究会一行12名来日は9/13、午後5時に寧波の周静書会長より連絡があり取りあえず今回はキャンセルになってしまった。
           鎌倉の戯曲梁祝(リャンチュウ)の青井さん、古野さん、また「協力を惜しまない」という言をいただいた続三義先生にはご迷惑をお掛け

        してしまった。


        10/23到着し東京池袋「養老乃瀧」での歓迎交流会、10/24続三義先生には学生40名に「梁祝伝説とは」というテーマで講演をしてもらう手配をしてもらっていた。
              

               鎌倉では古野さん、青井さんに、10/24梁祝(リャンチュウ)劇のダイジエスト上演と歓迎交流会の準備を始めてもらっていた矢先であった。劇の上演と、歓迎交流会の準備に突っ走っていた鎌倉グループの勢いはすでに止めることが出来ず、10/24寧波の一行が鎌倉に来る時間に合わせて、予定した小劇場のある同じ場所で(2009年10/3)戯曲梁祝出演者の「同窓会」をするというので、古野さんへの挨拶も兼ねこの同窓会に参加した。
        以下その様子経過を

         

        梁祝(リャンチュウ)広報部長Tsukaさんのブログで取り上げていただいたので、例の如く転載いたします。http://musuidokugen.tea-nifty.com/makoto/2016/04/post-049e.html

         

        2016年10月24日 (月)

        鎌倉の「梁祝(リャンチュウ)同窓会」に参加

        中国梁祝文化研究会の訪日予定が延期となり、関係者にご迷惑おかけしましたが、

        007年前に鎌倉で「戯曲梁祝」舞台公演を開催した梁祝スタッフも 、ご一行を「大船の小劇場」にお誘いし、劇のダイジエストを披露し、その後二階で交流食事会を予定していたのです。
        今日がその日で残念ですが、せっかくなのでスタッフの皆で同窓会を実施すると。

        Photoそこで、4月に寧波の梁祝公園を訪れた渡辺明次先生、正谷絵美さんと私とでお邪魔することに。
        その後、渡辺先生が教職員時代の同僚の阿久津先生(上の写真後列赤い服)も参加を申し込まれました。

        Photo_3←午後5時、舞台公演の主催者であり祝英台の父親役を演じた古野浩昭氏の挨拶。今日までの経緯を皆さんに報告。

        Photo_7次に、渡辺先生による「寧波報告」と挨拶。
        「日本で初めての『戯曲梁祝公演』は、中国梁祝文化研究会にとって間違いなく歴史的なことなのです。
        鎌倉の存在を中国側に知らしめる意義は大きいと感じます。」などと激励されました。

        Photo_5さあ、お待ちかね、菊酒で乾杯です!

        続いて、私と青井聡子さんの「寧波報告」↑
        本場中国での大うけを語られました。
        左の写真は、右から祝英台の父親役古野氏、そして母親役、中央が梁山伯役の皆さん
        下の写真は、舞台公演の時のパンフレット↓

        Photo_613名の役者、スタッフ、協力者が久しぶりに集い、皆さんの近況報告。それと同時に「余興タイム」が始まりました。(下にマルチ写真で)
        独唱 ”夜来香” 青井
        独白 ”ハムレット第四独白(原語)” 古野
        独白 古今東西の名場面の台詞(高森)など
        あっという間に午後9時、閉会

        延期となった来年春の中国ご一行に備えるか、逆にこちらから中国へ出向くか?
        いずれにしても、渡辺先生がこの様子を現地に伝えるでしょう。
        それは素晴らしい、大船まで遠出した甲斐も楽しさもたっぷり味わえました。(^^)v

        Photo_6

        posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        梁祝(リャンチュウ)広報部長Tsukaさんより、今日嬉しい知らせが
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          Tsukaさんの「夢酔独言」→

           http://musuidokugen.tea-nifty.com/

           

          寧波に同行してくれた、

          梁祝(リャンチュウ)広報部長Tsukaさんより、

          今日嬉しい知らせがありました。


            常々梁祝(リャンチュウ)広報活動にご尽力いただいているTsukaさん、

          多忙な仕事の合間を縫って

          今回の寧波への招待、訪問の写真を取り入れ

          『梁祝:中国愛情故事ー梁山伯(リャンシャンボ)と祝英台(チュウインタイ)』http://www.liangzhu.jp/index.html

          「梁祝ブログ」ホームページのトップをリニューアルしてくれました。

          前の蝶々が舞うトップページも素晴らしいものでしたが新しい情報に更新されています。

          写真の右側にある三角の→(▷ )をクリックすると次の写真が現れます。
           

          posted by: リャンチュウ先生 | - | 18:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          寧波「梁祝(リャンチュウ)文化園で新しく目にした「愛情三字経」の試訳を試みてみました。
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             今回、寧波で開かれた「東アジア文化の都・2016寧波活動」に招待され、 その中の一部門である「中日韓“梁祝(リャンチュウ)”文化の価値シンポジウム」に参加した。
                そのシンポジウムの中で「梁祝文化園」を訪れた、研究初期からするとすでに公園を訪れるのは15回以上になる。若干改修の加えられた園内で今回初めて「愛情三字経」なるものが設置されているのを目にした。
            浅学、管見の範囲内で以下にその大意、試訳を試みた、内容に関して皆様の助言と教えを仰ぎたい。 

             

                        画像回転ツール 編集画像    

            今回新しく設けられていた「愛情三字経」右の人物は同行取材の記者,龔国栄(きょうこくえい)氏。  
             

              

            梁祝文化園の総経理厳先生(右)に「愛情聖地梁祝園」の揮毫を頼まれたTsukaさん(左)

            愛情三字経        寧波梁祝文化園2016年4月18日
                

            試訳
             梁祝情, 宁波缘; 心相印, 志相投;
            梁祝の二人のような気持ちを持って、
            今日ここ愛の聖地寧波に来た私たちの縁;
            心はぴったりと合い、
            一緒になりたい志をもって意気投合する;


                            千年修, 把手牵; 喜乐伴, 苦难随;
                          前世からの縁でこの世で同じ船に乗り、
                          共に手を握り牽かん;
                          喜び楽しみをともにし、
            苦難をともにし従う

                前世缘, 今生见; 觅真爱, 笑合欢;
                今日ここに来た私たち二人の前世からの縁、
                今この世で出遭った;
                真実の愛を求め探して、
                相愛の男女笑い逢瀬を楽しむ;


                                    情意长, 不离弃; 心比翼, 两相爱;
                                 愛情は深く長く、
                                 互いに離れ厭うことがない;
                                 心は比翼の鳥のように、
                                二人は互いに愛し会う;


               共风雨, 同船渡; 同患难, 共勉励;
                共に風雨に耐え、
                同じ船で困難や生活に立ち向かう;
                同じく艱難を耐え、
                共に勉め励ます;


                                  和睦处, 宽容待; 吾清贫, 尔不嫌;
                                  共に和し睦まじく処し、
                                  寛容を持って君を遇する;
                                  吾は清貧なれど、
                                  君は吾を厭うこと無し;


               爱之重, 比泰山; 情无价, 比天长;
                愛の重さは、
                泰山に比べられる;
                愛情は何物にも比べがたく、
                天の悠久に比べられる;


                              相濡沫, 搀扶间; 双飞燕, 同林鸟;
                               共に愛し助け合い、
                               共に支え助け合う;
                               二羽の燕は飛び舞い、
                               鳥は同じ森に住み遊ぶ;


               敬如宾, 祈安康; 执子手, 与子牵;
                互いに賓客に接するように尊敬し合い、
                健康を祈る;
                吾は君の手を執り、
                君と引っ張り合う;

             
                                    朝夕伴, 长相守; 共偕老, 不负言;
                                  朝夕相伴い、
                                  長く相慈しむ;
                                  共に老いるまで連れ添い、
                                  お互いに誓い約束に背くことはない;


                 良缘订, 心如磐; 一辈子, 永不变;             
                 いまここで良縁を結び、
                 心は磐のように良縁を信じる;
                 これからの一生涯、
                 私たち二人のちぎりは永遠に変わらない;


                             在此宣,  天地鉴。
             
                       いまここ愛の聖地で私たちの愛を宣言する、
                           天地の神もご高覧あれ。

             

              注:ひよくのとり【比翼の鳥】 1 雌雄それぞれが目と翼を一つずつもち、2羽が常に一体となって飛ぶという、中国の空想上の鳥。夫婦の仲のよいことにたとえられる。ひよくれんり【比翼連理】 比翼の鳥と、連理の枝。夫婦の仲のむつまじいことのたとえ。男女の深い契り。
             

            posted by: リャンチュウ先生 | - | 13:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            中国梁祝(リャンチュウ)会ご一行訪日中止(延期?)の知らせ
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              2016年9月13日 (火)

              今回の訪日延期(私の感じでは来年、必ずくるだろう)の件を、

              4月に寧波のシンポジウムにも同行していただいた梁祝広報部長のTsukaさんのブログ「夢酔独言」で

               

              http://musuidokugen.tea-nifty.com/

              取り上げていただきましたので、以下その全文を転載させていただきます。鎌倉の青井さん、古野さんをはじめとして「戯曲梁祝」関係者、東洋大学の続三義先生からも返信のメールをいただき、なんとかおさめていただいたようで安堵している。

               

               

              梁祝広報部長のTsukaさんのブログ「夢酔独言」

               

              昨夜、渡辺明次先生(日本梁祝研究所長)から不在着信が3回もあり、電話はあまりされない人が何事かと?

              念のため私は返信電話をする前にメールを開くと、題記の件の連絡でした。
              予期せぬ事態に慌てた先生は、
              歓迎の準備をしていた日本梁祝会の皆さん
              あちこちに電話でお詫びされ、また、予約したお店のキャンセルもひとりでやっていたのです。
              鎌倉「戯曲梁祝(リャンチュウ)」のみなさん

              こんな時多くの人は、訪日を中止した相手を非難し、「困ったもんですよ」などと口にしながら、自らを正当化しお詫びするものですよね。

              そうでないからこそ感銘した私の返事は!
              「渡辺先生の素早い対応と真っ直ぐな心が皆さんに伝わったのでしょう。結果、皆さんからの寛大なご返事によって新たな和が生まれました。」

              (これまでの詳しい経緯を渡辺先生ご自身でブログに書かれています)

              その後先生から再度メールが、

              「全員に連絡を終えたと寧波にメールを送ったところ、先ほど届いた周静書会長からの返事(訳文)を転送します」

               

               

              渡辺先生、
              本当に皆様方には迷惑をかけて申し訳ありません。
              私、周静書はとても今年日本へ行きたいのですが、各位の事情でいかんともしがたいのです。
              日本の皆様方には本当にご苦労をお掛けしてしまいました。
              幾重にも心からの感謝をお伝えいたします。
              再度チャンスがあれば、未だ寧波にお出でになっていない方々も含めて、皆様を寧波でおもてなしをしたいと希望します。
              来年日本を訪問し皆様とお会いしたいと念じております。私たちの友情が長く続くように。 
              周静書

              この文面で、周会長にもこちらの誠意が伝わったと読み取れます。

              こんな不意の出来事が逆に日中の相互理解を深め、更なる関係が生まれると良いのですが。(^^)v

              ※右の写真は以前に送ってきた日本滞在中の日程表(予定)と講演

              posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              中国梁祝文化研究会一行12名来日は9/12、午後5時に寧波の周静書会長より連絡があり取りあえずキャンセルになった。
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                  中国梁祝文化研究会一行12名来日は9/12、午後5時に寧波の周静書会長より連絡があり取りあえずキャンセルになった。
                  

                寧波から中国梁祝文化研究会一行12名が
                (10/23上海より成田〜10/30関西空港より上海へ)来日し、梁祝会との交流後、関西、京都、奈良へは正谷さんにガイドとして同行してもらう事も決まり、中国国際旅行社の行程表まで送られて来ていたのだが、突然のキャンセルで戸惑うばかりだ。

                左渡辺の隣、

                周静書先生:

                心からのひとかたならぬもてなしであった

                 

                  鎌倉からの青井さんからも「戯曲梁祝」に関して

                以下のような嬉しい連絡が来たばかりでした。

                渡辺先生

                 日々、諸々成功させるべくこちらで動いております!

                劇の再演、キャストやバレエダンサーもぞくぞくと集結し、当初の

                私と古野で、ちょこっと演じよう・が、大々的になりつつあります。

                 

                   ほぼ確定で準備を進めていた。10/23到着し東京池袋「養老乃瀧」での歓迎交流会、10/24続三義先生の「協力を惜しまない」という言をいただき、続先生の学生40名に「梁祝伝説とは」というテーマで講演をしてもらう手配をしてもらい。鎌倉の「戯曲梁祝」の古野さん、

                青井さんには劇の上演と歓迎交流会の準備を始めてもらっていた矢先であったが。

                 

                9/13続三義先生からの返信

                渡辺様

                こんにちは。

                色々と、ご苦労様です。

                幸い、学校はまだ始まる前なので、学生たちには知らせておりませんでした。でも、学部長などにも声をかけて、予算がとれるように企画しておりました。まあ、仕方ないことですから、今年はあきらめましょう

                左、周静書先生:常に我々に気を配り、心遣はもうしわけないほどであった。

                各位に多大な迷惑をかける事になってしまった。周静書会長からのメールは以下のとおり、

                 

                1,

                 9/12 ;17:00

                寧波の周静書会長からのメールは以下のとおり

                渡辺先生、 
                大変申し訳ありませんが、仕事の関係で10月の訪日はできないことになりました。
                11月下旬の日本は寒いでしょうか?
                もしあまり寒くなければ再度計画いたしたいと思います。
                以上すみませんが皆様にお伝えいただき、ご返信下さい。
                周静書、2016、9月12日

                 


                 2,

                  本日9/12:21:00周静書先生より返信あり

                     渡辺先生:
                     誠に申し訳ありません、今年はどうも時間を作ることはできません
                皆様にはご迷惑をかけて感謝するばかりです。なんとか来年そちらへの訪問が実現するようにしたいです。
                   青井聡子女史、古野浩昭先生、正谷絵美女史、そして続三義先生にはご迷惑をかけてしまいひたすら感謝いたします。皆様が揃って中国にお出でになることを歓迎し願っています。

                 

                訪日予定だった主要メンバー

                 左、厳友祥氏(梁祝文化園総経理)・真ん中、周静書梁祝会会長

                 

                 

                3,

                全員に連絡を終えたと寧波にメールを送ったところ
                  9/12   22:00に届いたの周静書からのメール


                渡辺先生、本当に皆様方には迷惑をかけて申し訳ありません。

                私、周静書はとても今年日本へ行きたいのですが、各位の事情でいかんともしがたいのです。日本の皆様方には本当にご苦労をお掛けしてしまいました。幾重にも心からの感謝をお伝えいたします。
                    再度チャンスがあれば、未だ寧波にお出でになっていない方々も含めて、皆様を寧波でおもてなしをしたいと希望します。来年日本を訪問し皆様とお会いしたいと念じております。私たちの友情が長く続くように。
                                                         周静書

                 

                posted by: リャンチュウ先生 | - | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                寧波から「中国梁祝文化研究会」会長周静書先生一行が訪日することがほぼ確定
                0

                        4月、寧波で開催された「東亜文化の都2016活動」の一分野「中日韓梁祝文化の伝播と現代における価値シンポジウム」に招待され、日本の梁祝会から正谷、青井、塚越、渡辺の4名が寧波に出かけ、このブログに発表したように、ひとかたならぬ歓迎を受けた。周静書先生

                    そしてまた気がかりであった寧波の「中国梁祝文化博物館」に日本の梁祝会のことがどのように展示されているのかを確認したり成果は大であった。  

                      

                       その余韻もまだ醒めやらない中、718 寧波の中国梁祝文化研究会会長の周静書先生より突然メールがあり10/2310/30日本を訪問したい、ついては10/23東京で皆さんを表敬訪問し、鎌倉の「戯曲梁祝」公演の出演者の方々と交流会をしたいということが伝えられてきた。

                   

                      4月に寧波を訪問した塚越、正谷、青井、渡辺と福島の山田さんなどの方々と相談をこらし出来るだけの交流と歓迎をしましょうということになった。あらまし以下のことが進行中です。

                    

                      1,10/23(日曜日)到着(成田13:00前後)出迎えた後、夕方5:00〜池袋「養老の瀧」会費制4000円で歓迎交流会(参加者募集中)

                     10/24(月曜日)渡辺の「梁祝小説」翻訳の監修をしていただいた(北京外国語大学からお出でになり)現、東洋大学教授の続三義先生の全面的なご理解協力をいただき9:00より周静書先生により「梁祝伝説とは」というタイトルで講演。終了後、

                     ,鎌倉に案内し戯曲梁祝の古野さん、祝英台を演じた青井さんの全面協力のもとに「歓迎交流会」(会費制5000円→9/9鎌倉の青井さんより連絡あり3000円位にする計画が進行中)を予定しています。

                    

                        以下、周辺事情は寧波にも行かれた梁祝会広報のTsukaさんのブログを転載いたします

                  ので様子をご理解下さい。以下Tsukaさんのブログです。

                  その1

                  2016年7月26日 (火)

                  寧波からのお客様を迎えるに当たり…http://musuidokugen.tea-nifty.com/

                  去る4月13日から1週間、中国・寧波から招待され「梁祝愛情伝説」のふるさとへ行って来ました

                  連日至れり尽くせりの歓迎をしてくださった周会長さんから渡辺先生宛てに連絡が。

                  中国梁祝文化研究会の周会長(写真左端)、梁祝文化園の巌社長(写真私の隣)ご一行が、
                  10
                  月の中旬に日本に来て、東京〜奈良へも視察する予定とか。費用は全て自己負担するそうで。

                  これは大変、招待状(招請状)を発行し、相応の歓迎会をセットしなければ…
                  などとこの一週間、渡辺先生と良い案を摸索しメンバーに連絡しました。

                  すぐに返事があったのは日本女性たち。
                  (写真が今回の訪中の4人で、右から青井聡子さん、正谷絵美さん)

                  青井さんは、日本で初めて「梁祝」鎌倉舞台公演でヒロイン祝英台の役を演じた方ですが、
                  「鎌倉に来ていただいて、
                  日中、鎌倉散策をして夕方から交流会ということで計画たてさせていただきます。」と

                  正谷さんは、北京外国語大学を卒業して、渡辺先生の梁祝研究をフォローしてきた方。「現在日本で旅行の仕事をしているので、奈良へ行かれるなら添乗できます。」

                  お二人に感謝感激です。

                  さて、初日の羽田か成田に到着された日と、その後はどうしようかと。

                  そこはさすがに渡辺先生、日本の大学に協力を求め、講義などを考えているようです。
                  ←写真の書籍は周会長が著されたもので、「梁祝文化論」。
                  実現できるか?これからジックリ煮詰めることでしょう。

                  実は私は、宴会やることばかり考えていました。(笑)
                  これからまた忙しくなりそうです。(^^)v

                   

                  posted by: リャンチュウ先生 | - | 18:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  祝英台(チュウインタイ)を演じた女優(青井聡子さん)寧波・上虞を行く
                  0

                    祝英台(チュウインタイ)を演じた女性(青井聡子さん)寧波・上虞を行く
                    「中日韓梁祝文化伝播及び現代における価値シンポジウム」に招待され、祝英台(チュウインタイ)を演じた女性(青井聡子さん)も同行した(2016年4月)
                    その青井聡子さんのことを梁祝会広報部長Tsukaさんのブログで、また取り上げていただきましたのでまたまた以下

                    写真、右今回訪問時、左・厳総支配人、左・周静書会長 中祝英台http://musuidokugen.tea-nifty.com/今回訪問時の舞台、10年前は朱色が鮮やかであった。
                    渡辺の所感を加え転載させていただきました。



                    以下Tsukaさんのブログ転載
                    2016年6月 2日 (木)

                    舞台女優の青井さん、帰国後初の公演。

                    中国・寧波〜上虞の旅、「梁祝(りゃんちゅう)文化学術シンポジウムも無事終り、
                    ヒロイン祝英台を日本(鎌倉)で演じた青井聡子さんの講演は素晴らしかった。

                    Photo_3←その、青井さんから、日本での舞台公演案内(写真)が届きました。

                    実は三年ぶりの舞台公演。私は殆んど毎回観に行ってますが、今回は渡辺明次先生も同行してくださるとのことで行ってきます。(笑)

                    題名は「楽屋」とか…?有名らしいけど、どんな劇か知らないので、それはそれで楽しみ。

                    さて、その多才なる青井聡子さんを渡辺先生が「梁祝ブログ」の中たくさん紹介してます。

                    その一部を写真と共に抜粋すると…、

                    寧波での「中日韓・梁祝シンポジウム」、日本側の講演は青井聡子女史。↓
                    Photo_5彼女は日本の古都鎌倉で渡辺明次氏が翻訳した「小説・梁祝」に触発され筆を執った、古野浩昭氏の脚本「戯曲『梁祝』」で、祝英台を演じた女優である。(2009.10.3上演)

                    彼女は講演の中で、
                    「今回梁祝故事起源の地である梁祝文化園に来られたことはとても嬉しいことで、鎌倉で戯曲「梁祝」の祝英台を演じた時に、頭の中にいつも思い浮かべた祝英台の生活の情景等について、今回の参観で、梁祝愛情故事に対するイメージをより一層豊富にいたしました。」と語った。

                    Photo_4←同行したもう一人の梁祝メンバー正谷絵美女史とともに和服を装い、梁祝文化園の中にある“神人共悦”の額がかかる舞台上でパフォーマンスを。さらに、青井聡子女史は記者の求めに応じて即席で戯曲の中の一段を身振り手振り豊かに演じた。
                    というわけで、日本での青井さんの舞台公演は来月早々、楽しんできます。(^^)v





                    以下渡辺
                    2005年最初に訪れてから10年余が経過しついに、2016年4月寧波で開かれた『東アジア文化の都・2016寧波』活動の一環として開かれた『東アジア無形文化遺産保護シンポジウム』の一つの分科会「中日韓梁祝文化伝播及び現代における価値シンポジウム」に招待された。
                     写真、右今回訪問時、左・舞台の文字、左「蝶恋」「神人共悦」「鶯囀」、10年前の写真で朱色が鮮やか。
                      辺としては祝英台(チュウインタイ)を演じた女性(青井聡子さん)が正しく歓迎されたので大満足だった。それにしても中国梁祝文化研究会会長の「周静書」先生、梁祝文化園の総支配人「厳文祥」氏の態度、姿勢は10年前と変わらず、また祝英台(チュウインタイ)を演じた女性に対する評価、対応は完璧であった。
                    Tsukaさんのブログで言及されている、梁祝文化園の中にある「能舞台のような舞台」について渡辺の所感を付け加えると、この舞台の起源は梁山伯(リャンシャンボ)のお墓のあるところに廟が建てられ、その命日
                    写真はいずれも、10年前訪問時に歓迎を受けた時
                    に催された盆踊りのようなものが行われた舞台である。 渡辺の管見の範囲によれば、この舞台の周りで行われた節会のようなものを「梁祝会」と呼んだようで、「会」という文字には「縁日」と言う意味もある。舞台にある文字額は左が「蝶恋(蝶の恋)」「神人共悦(神、人共に悦ぶ)」右が「鶯囀(鶯のさえず
                    写真、10年前訪問時、修復作業をしていた。
                    り)」とあり真ん中の「神人共悦」の「神」は梁山伯のことであろう。

                    posted by: リャンチュウ先生 | - | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    目を見張る、寧波梁祝文化園の変貌『梁祝古墓』
                    0

                      目を見張る、寧波梁祝文化園の変貌『梁祝古墓』

                      今回の寧波招待に同行していただいた「梁祝(リャンチュウ)会」の広報部長Tsukaさんのブログで「寧波でのこと」を取り上げていただきましたので、またまた転載です。
                      渡辺の「寧波文化園変貌シリーズ」をTsukaさんのブログの後ろに付け加えさせていただきました。
                      今回は「梁祝(リャンチュウ)古墓」の変貌ぶりです  

                      2016年5月22日 (日)
                      http://musuidokugen.tea-nifty.com/ 
                      以下はTsukaさんのブログ転載です。

                      寧波に贈る「梁祝会」を揮毫。

                      先月、中国・寧波政府の招待を受け、「梁祝文化研究の専門家」として
                      中日韓のシンポジウムを終え、無事帰国しましたが、

                      寧波空港でお別れの際、「中国梁祝文化研究会」会長の周静書先生からメモを渡され、日本梁祝文化研究所・贈として「梁祝会」の揮毫を頼まれました。↓
                      Photo
                      Letter01_2あっという間に1ヶ月経ちましたが、渡辺先生に現地への郵送をお願いしました。
                      きっとこの書は、永久保存されるでしょう?

                      そういえば、渡辺先生はブログでこんな嬉しいことを(笑)…「書家でもある塚越さん、随所で揮毫を頼まれ、改めてその書の凄さを知らされました。」

                      Photo_2右の写真は、開幕式典会場にて渡辺明次先生の写真と説明の前で。→

                      左端が周静書会長。
                      私の隣が、5年前、鎌倉での戯曲「梁祝」でヒロイン祝英台を演じた青井聡子さん。
                      そして、北京駐在時代からずっと協力をされてきた正谷絵美さん。

                      我が日本「梁祝会」の活動は、昨年末の忘年会以来止まっているので、近々に報告会を予定しています。

                      実のところ、飲み会中心なのですが、新規に協力してくださる方も募って
                      活動を充実させようと思う次第です。(^^;ゞ


                      以下渡辺
                      今回は「梁祝(リャンチュウ)古墓」の変貌ぶりです。 
                      梁祝古墓の変遷写真、もとはガラス張りで覆われていたがオープン展示に変わっていた。
                       
                         写真説明1,ガラス張りだった古墓、2,1925年撮影の原墓、3,発掘時の墓、4,ガラスでドーム状に覆われていた古墓
                      古墓の説明が新しく付け加えられていたので、翻訳してみました。   4,新しくオープンになった古墓

                         
                      以下上の写真↑説明掲示の翻訳です。
                      『梁祝古墓』

                          梁祝(リャンチュウ)の墓は晋代の鄞県(ぎんけん寧波)知事梁山伯(リャンシャンボ)の墓が始まりである。『鄞県誌』の記載によれば、東晋の寧康(ねいこう)元年癸酉(みずのととり紀元後373年)に建てられた。今を隔たること1600余年前、寧康(ねいこう)三年己亥(つちのとい紀元後375年)の春の終わり(旧暦の3月)、梁と同窓の祝英台(チュウインタイ)は上虞より船に乗り鄞県の西に嫁に行くことになりその途中、姚江(ようこう)の岸辺にある梁の墓を通りかかると、風波激しく巻き起こり船は進むことができなくなった。そこで上陸して慟哭し悼み嘆き梁を弔う。英台は梁の墓の碑に突進し墓に吸い込まれるようにぶつかり愛情のために命を絶った。後に祝英台(チュウインタイ)と梁山伯(リャンシャンボ)があの世で添い遂げるようにと二人を合葬した。このことは時の朝廷にまで聞こえ、丞相(じょしょう宰相)の謝安(今回の訪問で1,二人の墓、正面2,その背後にある義婦塚の碑、3,祝英台上陸地点
                      320-385年)はこれに“義婦塚”の称号を賜るように朝廷に上奏した。すぐに梁の墓に“英台義婦塚”の碑が付け加えられた。これが世にあまり知られていない一つの墓に二つの碑がある原因であり、俗に“蝴蝶碑”と呼ばれている。もともとの二つの碑は、晋代安帝(あんてい、東晋の第10代皇帝)丁酉(ひのととり紀元後397年)の秋、孫恩(東晋の人物そんおん、? - 402年→孫恩の乱)の軍に碑は破壊され姚江(ようこう)に投げ捨てられ遺棄された。しばらくしてこれは元に戻され恢復した。当時すでに民衆は梁県知事を清廉潔白な役人として敬い慕い、また梁祝の二人が愛情に忠節で、信仰厚い態度に対して、それまでずっと敬虔誠実に祭り拝し、お香や線香の煙が絶えず、民衆の信仰は長く維持され、千年余に渡り続いた。1960年代にいたり、穀物倉庫を建設するときに、梁祝の墓は壊され平らにされ墓の上に建物が作られた。併せて二つの碑は壊し取り除かれ、その他の石材は穀物倉庫の建築材等に使われ、今に至るまでその跡はわからなかった。1997年6月この状況への緊急処置として古墓の発掘が行われた。幸いにも古墓の本体はまだなお大半がそのままであり、また少量の陪葬品及び数片の骨も発見された。この墓は今は、国の文物保護単位とされ、この現状のまま保護され、誰でもが見ることができるものとして公開されている。              2012年9月

                        

                      posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |