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  •  梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。
    Tsukagoshi (07/25)
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中国梁祝(リャンチュウ)会ご一行訪日中止(延期?)の知らせ
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    2016年9月13日 (火)

    今回の訪日延期(私の感じでは来年、必ずくるだろう)の件を、

    4月に寧波のシンポジウムにも同行していただいた梁祝広報部長のTsukaさんのブログ「夢酔独言」で

     

    http://musuidokugen.tea-nifty.com/

    取り上げていただきましたので、以下その全文を転載させていただきます。鎌倉の青井さん、古野さんをはじめとして「戯曲梁祝」関係者、東洋大学の続三義先生からも返信のメールをいただき、なんとかおさめていただいたようで安堵している。

     

     

    梁祝広報部長のTsukaさんのブログ「夢酔独言」

     

    昨夜、渡辺明次先生(日本梁祝研究所長)から不在着信が3回もあり、電話はあまりされない人が何事かと?

    念のため私は返信電話をする前にメールを開くと、題記の件の連絡でした。
    予期せぬ事態に慌てた先生は、
    歓迎の準備をしていた日本梁祝会の皆さん
    あちこちに電話でお詫びされ、また、予約したお店のキャンセルもひとりでやっていたのです。
    鎌倉「戯曲梁祝(リャンチュウ)」のみなさん

    こんな時多くの人は、訪日を中止した相手を非難し、「困ったもんですよ」などと口にしながら、自らを正当化しお詫びするものですよね。

    そうでないからこそ感銘した私の返事は!
    「渡辺先生の素早い対応と真っ直ぐな心が皆さんに伝わったのでしょう。結果、皆さんからの寛大なご返事によって新たな和が生まれました。」

    (これまでの詳しい経緯を渡辺先生ご自身でブログに書かれています)

    その後先生から再度メールが、

    「全員に連絡を終えたと寧波にメールを送ったところ、先ほど届いた周静書会長からの返事(訳文)を転送します」

     

     

    渡辺先生、
    本当に皆様方には迷惑をかけて申し訳ありません。
    私、周静書はとても今年日本へ行きたいのですが、各位の事情でいかんともしがたいのです。
    日本の皆様方には本当にご苦労をお掛けしてしまいました。
    幾重にも心からの感謝をお伝えいたします。
    再度チャンスがあれば、未だ寧波にお出でになっていない方々も含めて、皆様を寧波でおもてなしをしたいと希望します。
    来年日本を訪問し皆様とお会いしたいと念じております。私たちの友情が長く続くように。 
    周静書

    この文面で、周会長にもこちらの誠意が伝わったと読み取れます。

    こんな不意の出来事が逆に日中の相互理解を深め、更なる関係が生まれると良いのですが。(^^)v

    ※右の写真は以前に送ってきた日本滞在中の日程表(予定)と講演

    posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    中国梁祝文化研究会一行12名来日は9/12、午後5時に寧波の周静書会長より連絡があり取りあえずキャンセルになった。
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        中国梁祝文化研究会一行12名来日は9/12、午後5時に寧波の周静書会長より連絡があり取りあえずキャンセルになった。
        

      寧波から中国梁祝文化研究会一行12名が
      (10/23上海より成田〜10/30関西空港より上海へ)来日し、梁祝会との交流後、関西、京都、奈良へは正谷さんにガイドとして同行してもらう事も決まり、中国国際旅行社の行程表まで送られて来ていたのだが、突然のキャンセルで戸惑うばかりだ。

      左渡辺の隣、

      周静書先生:

      心からのひとかたならぬもてなしであった

       

        鎌倉からの青井さんからも「戯曲梁祝」に関して

      以下のような嬉しい連絡が来たばかりでした。

      渡辺先生

       日々、諸々成功させるべくこちらで動いております!

      劇の再演、キャストやバレエダンサーもぞくぞくと集結し、当初の

      私と古野で、ちょこっと演じよう・が、大々的になりつつあります。

       

         ほぼ確定で準備を進めていた。10/23到着し東京池袋「養老乃瀧」での歓迎交流会、10/24続三義先生の「協力を惜しまない」という言をいただき、続先生の学生40名に「梁祝伝説とは」というテーマで講演をしてもらう手配をしてもらい。鎌倉の「戯曲梁祝」の古野さん、

      青井さんには劇の上演と歓迎交流会の準備を始めてもらっていた矢先であったが。

       

      9/13続三義先生からの返信

      渡辺様

      こんにちは。

      色々と、ご苦労様です。

      幸い、学校はまだ始まる前なので、学生たちには知らせておりませんでした。でも、学部長などにも声をかけて、予算がとれるように企画しておりました。まあ、仕方ないことですから、今年はあきらめましょう

      左、周静書先生:常に我々に気を配り、心遣はもうしわけないほどであった。

      各位に多大な迷惑をかける事になってしまった。周静書会長からのメールは以下のとおり、

       

      1,

       9/12 ;17:00

      寧波の周静書会長からのメールは以下のとおり

      渡辺先生、 
      大変申し訳ありませんが、仕事の関係で10月の訪日はできないことになりました。
      11月下旬の日本は寒いでしょうか?
      もしあまり寒くなければ再度計画いたしたいと思います。
      以上すみませんが皆様にお伝えいただき、ご返信下さい。
      周静書、2016、9月12日

       


       2,

        本日9/12:21:00周静書先生より返信あり

           渡辺先生:
           誠に申し訳ありません、今年はどうも時間を作ることはできません
      皆様にはご迷惑をかけて感謝するばかりです。なんとか来年そちらへの訪問が実現するようにしたいです。
         青井聡子女史、古野浩昭先生、正谷絵美女史、そして続三義先生にはご迷惑をかけてしまいひたすら感謝いたします。皆様が揃って中国にお出でになることを歓迎し願っています。

       

      訪日予定だった主要メンバー

       左、厳友祥氏(梁祝文化園総経理)・真ん中、周静書梁祝会会長

       

       

      3,

      全員に連絡を終えたと寧波にメールを送ったところ
        9/12   22:00に届いたの周静書からのメール


      渡辺先生、本当に皆様方には迷惑をかけて申し訳ありません。

      私、周静書はとても今年日本へ行きたいのですが、各位の事情でいかんともしがたいのです。日本の皆様方には本当にご苦労をお掛けしてしまいました。幾重にも心からの感謝をお伝えいたします。
          再度チャンスがあれば、未だ寧波にお出でになっていない方々も含めて、皆様を寧波でおもてなしをしたいと希望します。来年日本を訪問し皆様とお会いしたいと念じております。私たちの友情が長く続くように。
                                               周静書

       

      posted by: リャンチュウ先生 | - | 22:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      寧波から「中国梁祝文化研究会」会長周静書先生一行が訪日することがほぼ確定
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              4月、寧波で開催された「東亜文化の都2016活動」の一分野「中日韓梁祝文化の伝播と現代における価値シンポジウム」に招待され、日本の梁祝会から正谷、青井、塚越、渡辺の4名が寧波に出かけ、このブログに発表したように、ひとかたならぬ歓迎を受けた。周静書先生

          そしてまた気がかりであった寧波の「中国梁祝文化博物館」に日本の梁祝会のことがどのように展示されているのかを確認したり成果は大であった。  

            

             その余韻もまだ醒めやらない中、718 寧波の中国梁祝文化研究会会長の周静書先生より突然メールがあり10/2310/30日本を訪問したい、ついては10/23東京で皆さんを表敬訪問し、鎌倉の「戯曲梁祝」公演の出演者の方々と交流会をしたいということが伝えられてきた。

         

            4月に寧波を訪問した塚越、正谷、青井、渡辺と福島の山田さんなどの方々と相談をこらし出来るだけの交流と歓迎をしましょうということになった。あらまし以下のことが進行中です。

          

            1,10/23(日曜日)到着(成田13:00前後)出迎えた後、夕方5:00〜池袋「養老の瀧」会費制4000円で歓迎交流会(参加者募集中)

           10/24(月曜日)渡辺の「梁祝小説」翻訳の監修をしていただいた(北京外国語大学からお出でになり)現、東洋大学教授の続三義先生の全面的なご理解協力をいただき9:00より周静書先生により「梁祝伝説とは」というタイトルで講演。終了後、

           ,鎌倉に案内し戯曲梁祝の古野さん、祝英台を演じた青井さんの全面協力のもとに「歓迎交流会」(会費制5000円→9/9鎌倉の青井さんより連絡あり3000円位にする計画が進行中)を予定しています。

          

              以下、周辺事情は寧波にも行かれた梁祝会広報のTsukaさんのブログを転載いたします

        ので様子をご理解下さい。以下Tsukaさんのブログです。

        その1

        2016年7月26日 (火)

        寧波からのお客様を迎えるに当たり…http://musuidokugen.tea-nifty.com/

        去る4月13日から1週間、中国・寧波から招待され「梁祝愛情伝説」のふるさとへ行って来ました

        連日至れり尽くせりの歓迎をしてくださった周会長さんから渡辺先生宛てに連絡が。

        中国梁祝文化研究会の周会長(写真左端)、梁祝文化園の巌社長(写真私の隣)ご一行が、
        10
        月の中旬に日本に来て、東京〜奈良へも視察する予定とか。費用は全て自己負担するそうで。

        これは大変、招待状(招請状)を発行し、相応の歓迎会をセットしなければ…
        などとこの一週間、渡辺先生と良い案を摸索しメンバーに連絡しました。

        すぐに返事があったのは日本女性たち。
        (写真が今回の訪中の4人で、右から青井聡子さん、正谷絵美さん)

        青井さんは、日本で初めて「梁祝」鎌倉舞台公演でヒロイン祝英台の役を演じた方ですが、
        「鎌倉に来ていただいて、
        日中、鎌倉散策をして夕方から交流会ということで計画たてさせていただきます。」と

        正谷さんは、北京外国語大学を卒業して、渡辺先生の梁祝研究をフォローしてきた方。「現在日本で旅行の仕事をしているので、奈良へ行かれるなら添乗できます。」

        お二人に感謝感激です。

        さて、初日の羽田か成田に到着された日と、その後はどうしようかと。

        そこはさすがに渡辺先生、日本の大学に協力を求め、講義などを考えているようです。
        ←写真の書籍は周会長が著されたもので、「梁祝文化論」。
        実現できるか?これからジックリ煮詰めることでしょう。

        実は私は、宴会やることばかり考えていました。(笑)
        これからまた忙しくなりそうです。(^^)v

         

        posted by: リャンチュウ先生 | - | 18:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        祝英台(チュウインタイ)を演じた女性(青井聡子さん)寧波・上虞を行く
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          祝英台(チュウインタイ)を演じた女性(青井聡子さん)寧波・上虞を行く
          「中日韓梁祝文化伝播及び現代における価値シンポジウム」に招待され、祝英台(チュウインタイ)を演じた女性(青井聡子さん)も同行した(2016年4月)
          その青井聡子さんのことを梁祝会広報部長Tsukaさんのブログで、また取り上げていただきましたのでまたまた以下

          写真、右今回訪問時、左・厳総支配人、左・周静書会長 中祝英台http://musuidokugen.tea-nifty.com/今回訪問時の舞台、10年前は朱色が鮮やかであった。
          渡辺の所感を加え転載させていただきました。



          以下Tsukaさんのブログ転載
          2016年6月 2日 (木)

          舞台女優の青井さん、帰国後初の公演。

          中国・寧波〜上虞の旅、「梁祝(りゃんちゅう)文化学術シンポジウムも無事終り、
          ヒロイン祝英台を日本(鎌倉)で演じた青井聡子さんの講演は素晴らしかった。

          Photo_3←その、青井さんから、日本での舞台公演案内(写真)が届きました。

          実は三年ぶりの舞台公演。私は殆んど毎回観に行ってますが、今回は渡辺明次先生も同行してくださるとのことで行ってきます。(笑)

          題名は「楽屋」とか…?有名らしいけど、どんな劇か知らないので、それはそれで楽しみ。

          さて、その多才なる青井聡子さんを渡辺先生が「梁祝ブログ」の中たくさん紹介してます。

          その一部を写真と共に抜粋すると…、

          寧波での「中日韓・梁祝シンポジウム」、日本側の講演は青井聡子女史。↓
          Photo_5彼女は日本の古都鎌倉で渡辺明次氏が翻訳した「小説・梁祝」に触発され筆を執った、古野浩昭氏の脚本「戯曲『梁祝』」で、祝英台を演じた女優である。(2009.10.3上演)

          彼女は講演の中で、
          「今回梁祝故事起源の地である梁祝文化園に来られたことはとても嬉しいことで、鎌倉で戯曲「梁祝」の祝英台を演じた時に、頭の中にいつも思い浮かべた祝英台の生活の情景等について、今回の参観で、梁祝愛情故事に対するイメージをより一層豊富にいたしました。」と語った。

          Photo_4←同行したもう一人の梁祝メンバー正谷絵美女史とともに和服を装い、梁祝文化園の中にある“神人共悦”の額がかかる舞台上でパフォーマンスを。さらに、青井聡子女史は記者の求めに応じて即席で戯曲の中の一段を身振り手振り豊かに演じた。
          というわけで、日本での青井さんの舞台公演は来月早々、楽しんできます。(^^)v





          以下渡辺
          2005年最初に訪れてから10年余が経過しついに、2016年4月寧波で開かれた『東アジア文化の都・2016寧波』活動の一環として開かれた『東アジア無形文化遺産保護シンポジウム』の一つの分科会「中日韓梁祝文化伝播及び現代における価値シンポジウム」に招待された。
           写真、右今回訪問時、左・舞台の文字、左「蝶恋」「神人共悦」「鶯囀」、10年前の写真で朱色が鮮やか。
            辺としては祝英台(チュウインタイ)を演じた女性(青井聡子さん)が正しく歓迎されたので大満足だった。それにしても中国梁祝文化研究会会長の「周静書」先生、梁祝文化園の総支配人「厳文祥」氏の態度、姿勢は10年前と変わらず、また祝英台(チュウインタイ)を演じた女性に対する評価、対応は完璧であった。
          Tsukaさんのブログで言及されている、梁祝文化園の中にある「能舞台のような舞台」について渡辺の所感を付け加えると、この舞台の起源は梁山伯(リャンシャンボ)のお墓のあるところに廟が建てられ、その命日
          写真はいずれも、10年前訪問時に歓迎を受けた時
          に催された盆踊りのようなものが行われた舞台である。 渡辺の管見の範囲によれば、この舞台の周りで行われた節会のようなものを「梁祝会」と呼んだようで、「会」という文字には「縁日」と言う意味もある。舞台にある文字額は左が「蝶恋(蝶の恋)」「神人共悦(神、人共に悦ぶ)」右が「鶯囀(鶯のさえず
          写真、10年前訪問時、修復作業をしていた。
          り)」とあり真ん中の「神人共悦」の「神」は梁山伯のことであろう。

          posted by: リャンチュウ先生 | - | 19:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          目を見張る、寧波梁祝文化園の変貌『梁祝古墓』
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            目を見張る、寧波梁祝文化園の変貌『梁祝古墓』

            今回の寧波招待に同行していただいた「梁祝(リャンチュウ)会」の広報部長Tsukaさんのブログで「寧波でのこと」を取り上げていただきましたので、またまた転載です。
            渡辺の「寧波文化園変貌シリーズ」をTsukaさんのブログの後ろに付け加えさせていただきました。
            今回は「梁祝(リャンチュウ)古墓」の変貌ぶりです  

            2016年5月22日 (日)
            http://musuidokugen.tea-nifty.com/ 
            以下はTsukaさんのブログ転載です。

            寧波に贈る「梁祝会」を揮毫。

            先月、中国・寧波政府の招待を受け、「梁祝文化研究の専門家」として
            中日韓のシンポジウムを終え、無事帰国しましたが、

            寧波空港でお別れの際、「中国梁祝文化研究会」会長の周静書先生からメモを渡され、日本梁祝文化研究所・贈として「梁祝会」の揮毫を頼まれました。↓
            Photo
            Letter01_2あっという間に1ヶ月経ちましたが、渡辺先生に現地への郵送をお願いしました。
            きっとこの書は、永久保存されるでしょう?

            そういえば、渡辺先生はブログでこんな嬉しいことを(笑)…「書家でもある塚越さん、随所で揮毫を頼まれ、改めてその書の凄さを知らされました。」

            Photo_2右の写真は、開幕式典会場にて渡辺明次先生の写真と説明の前で。→

            左端が周静書会長。
            私の隣が、5年前、鎌倉での戯曲「梁祝」でヒロイン祝英台を演じた青井聡子さん。
            そして、北京駐在時代からずっと協力をされてきた正谷絵美さん。

            我が日本「梁祝会」の活動は、昨年末の忘年会以来止まっているので、近々に報告会を予定しています。

            実のところ、飲み会中心なのですが、新規に協力してくださる方も募って
            活動を充実させようと思う次第です。(^^;ゞ


            以下渡辺
            今回は「梁祝(リャンチュウ)古墓」の変貌ぶりです。 
            梁祝古墓の変遷写真、もとはガラス張りで覆われていたがオープン展示に変わっていた。
             
               写真説明1,ガラス張りだった古墓、2,1925年撮影の原墓、3,発掘時の墓、4,ガラスでドーム状に覆われていた古墓
            古墓の説明が新しく付け加えられていたので、翻訳してみました。   4,新しくオープンになった古墓

               
            以下上の写真↑説明掲示の翻訳です。
            『梁祝古墓』

                梁祝(リャンチュウ)の墓は晋代の鄞県(ぎんけん寧波)知事梁山伯(リャンシャンボ)の墓が始まりである。『鄞県誌』の記載によれば、東晋の寧康(ねいこう)元年癸酉(みずのととり紀元後373年)に建てられた。今を隔たること1600余年前、寧康(ねいこう)三年己亥(つちのとい紀元後375年)の春の終わり(旧暦の3月)、梁と同窓の祝英台(チュウインタイ)は上虞より船に乗り鄞県の西に嫁に行くことになりその途中、姚江(ようこう)の岸辺にある梁の墓を通りかかると、風波激しく巻き起こり船は進むことができなくなった。そこで上陸して慟哭し悼み嘆き梁を弔う。英台は梁の墓の碑に突進し墓に吸い込まれるようにぶつかり愛情のために命を絶った。後に祝英台(チュウインタイ)と梁山伯(リャンシャンボ)があの世で添い遂げるようにと二人を合葬した。このことは時の朝廷にまで聞こえ、丞相(じょしょう宰相)の謝安(今回の訪問で1,二人の墓、正面2,その背後にある義婦塚の碑、3,祝英台上陸地点
            320-385年)はこれに“義婦塚”の称号を賜るように朝廷に上奏した。すぐに梁の墓に“英台義婦塚”の碑が付け加えられた。これが世にあまり知られていない一つの墓に二つの碑がある原因であり、俗に“蝴蝶碑”と呼ばれている。もともとの二つの碑は、晋代安帝(あんてい、東晋の第10代皇帝)丁酉(ひのととり紀元後397年)の秋、孫恩(東晋の人物そんおん、? - 402年→孫恩の乱)の軍に碑は破壊され姚江(ようこう)に投げ捨てられ遺棄された。しばらくしてこれは元に戻され恢復した。当時すでに民衆は梁県知事を清廉潔白な役人として敬い慕い、また梁祝の二人が愛情に忠節で、信仰厚い態度に対して、それまでずっと敬虔誠実に祭り拝し、お香や線香の煙が絶えず、民衆の信仰は長く維持され、千年余に渡り続いた。1960年代にいたり、穀物倉庫を建設するときに、梁祝の墓は壊され平らにされ墓の上に建物が作られた。併せて二つの碑は壊し取り除かれ、その他の石材は穀物倉庫の建築材等に使われ、今に至るまでその跡はわからなかった。1997年6月この状況への緊急処置として古墓の発掘が行われた。幸いにも古墓の本体はまだなお大半がそのままであり、また少量の陪葬品及び数片の骨も発見された。この墓は今は、国の文物保護単位とされ、この現状のまま保護され、誰でもが見ることができるものとして公開されている。              2012年9月

              

            posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            寧波「梁祝(リャンチュウ)文化園」の変貌ぶりは目を見張るものがあった
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              寧波「梁祝(リャンチュウ)文化園」の変貌ぶりは目を見張るものがあった
                 今日またTsukaさんのhttp://musuidokugen.tea-nifty.com/ブログ「夢酔独言」に、今回の寧波への招待のことを取り上げていただきましたので、
              下記に転載させていただきました。
              写真1、以前、市の中心部から出ていたバス:2,以前の梁祝文化園前は素朴な地方のお寺の門前町という風情で露店もでていた。
                  今回の渡辺明次の寧波行き最大の目標は、梁祝(リャンチュウ)愛情故事に関する展示として中国で最も詳しく正確な展示を目指すということで資料の提供を求められ日本から鎌倉の「戯曲梁祝(リャンチュウ)」の資料も含めて寧波側に提供しているので、それで(招待されたシンポジウムへの参加よりも)、新しくできた「中国梁祝(リャンチュウ)文化博物館」をきちんと見ることであった。
              写真、新しくできた地下鉄の梁祝(リャンチュウ)駅。

              公園全体の骨組みには何も変更はなく、より正確に磨きがかけられていると感じた。もちろん渡辺明次の「梁祝(リャンチュウ)三部作」、古野浩昭氏の鎌倉「戯曲梁祝(リャンチュウ)」公演等の説明も詳細で正しく申し分がなかった。以前は寧波の中心部からバスで30分以上かかるところであったが、なんと地下鉄が開通していた。地下鉄に実際にのる時間が取れなかったのが心残りである。「梁祝(リャンチュウ)駅」のホームなどに「中国梁祝(リャンチュウ)文化研究会」会長の周静書先生が自ら書きデザインしたという各種レリーフや展示があるという。いずれあらためて実際に地下鉄に乗り写真を撮りに行きたいと考えている。写真、新しくできた地下鉄の梁祝(リャンチュウ)駅をバックに右から、塚越・渡辺・周会長・正谷さん

                   以下Tsukaさんのブログ転載です。

              2016年5月17日 (火)

              経済的に豊かな中国・寧波市。

              「2016年の東アジア文化都市」として、寧波(中国)、奈良(日本)、済州(韓国)が選ばれた。ということで先月、中国・寧波で開催された開幕式に出席してきました。

              きっかけは、開催地の寧波が「梁祝愛情故事」の発祥地という研究結果により、我ら「梁祝会(日本梁祝文化研究所)」も、招待されるべく客人となったのです。(笑)
              20160416
              ↑全員集合写真のタイトルは「中日韓の梁祝文化学術討論会の専門家が集合」。
              (梁祝公園の中心にて)

              PhotoPhoto_2ただ残念なのは、日本の殆どの人が「梁祝故事」を知らない。
              中国では誰もが知り、韓国でも少なからざる民衆が知っているという。

              梁祝公園に入ると、驚いたのはたくさんの子供たち。
              写真の青い服が梁山伯、赤い服の女の子は祝英台でしょう。
              また、あちこちで恋人カップルや、一人でお祈りしているお年よりも見かけました。

              Photo_3さらには「愛情三字経」と題したパネルを見つけた、(写真)
              ※「三字経」とは、千字文などと並ぶ伝統的な中国の初学者用の学習書。
              現在、渡辺明次先生がこれを翻訳中とのことですが、

              そこでわかってきたのは寧波市が経済的に豊かな理由、それは「愛情ビジネス」です!

              20160416_2この寧波の梁祝公園を、縁結びの聖地とし、
              結婚式場も営み、単なる観光地としてだけでない大きなビジネスを成功させているのでしょう。

              訪問中は、梁祝公園の巌社長さん(渡辺先生の右隣)自ら、
              我々を始終くまなく、優しく接待してくださったのです。(^^)v

              posted by: リャンチュウ先生 | - | 10:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              寧波にだけある梁祝リャンチュウ『清官伝説』
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                2016年5月 5日 (木)

                寧波にだけある梁祝リャンチュウ『清官伝説』
                今回の寧波政府の招待に同行してくれた「梁祝会広報部長」Tsukaさんのブログで
                 渡辺が梁祝伝説を説明するメインテーマに取り上げている
                    「神喟然歎曰“生當封侯,死當廟食,區區何足論也!」を取り上げてくれていますので以下に例の如くTsukaさんのブログをそのまま転載させていただきました。

                http://musuidokugen.tea-nifty.com/
                注:清官(せいがんは)『清廉で公正な官吏』の意味。反義語は 貪官(たんがん) 悪徳官吏.汚職官吏。
                 
                       『清官伝説』は寧波にしかなく寧波にある1100年代の石碑にこのくだりがある。
                   なお、中国では梁祝伝説は、ちょうど日本で「伊豆の踊子」などがその時最も旬な俳優によって繰り返し制作されるように映画やTVドラマが作られる。渡辺の知る限り中国で最も新しい30余話のTVドラマで梁山伯(リャンシャンボ)がピーター・ホー(何潤東、Peter Ho )、祝英台(チュウインタイ)が 董潔(ドン・ジエ )の「梁山伯と祝英台」の最後の部分に役人として河川の堤防を工事する場面がちょっとだけある




                以下Tsukaさんのブログ

                梁山伯・祝英台伝説の真実に迫る講演!

                中国・寧波へ旅立つ前に書いた謎の文?「神喟然嘆曰…」を揮毫ですが、あのページと比較しながら読むとわかり易いと思います。

                034_1_202渡辺明次著梁山伯・祝英台伝説の真実性を追うは、中国全土に知られた愛情伝説「梁祝」を単なる伝説でなく実話だという論文。

                著者渡辺先生は、今でも多くの謎に挑戦しつつあるのです。

                物語の結末部分ををごく簡単にお話しすると、学問を共にし未来を契り合ったうら若き男女が親の縁談話で断絶。嘆き苦しみ病死してしまう梁山伯、その墓に飛び込む祝英台。
                最後に二人が蝶になって結ばれるという悲しくも美しい話なのだが…、

                Photo_3←渡辺先生は「真実は、そんな柔な話ではない」と。

                先月の寧波で開催された中日韓梁祝文化学術シンポジウム」で、(私が頼まれて揮毫した)石碑の文を持って演説されました。(上の写真)↑

                伝説を解明するため各地を廻り、寧波の梁祝公園で見つけたのが石碑の文なのです。(下の写真、その右隣りは拓本から重要な文章を取り出し拡大したもの)

                Photo_4←神喟然歎曰“生當封侯,死當廟食,區區何足論也!
                意味は「聖なる山伯は嘆いて曰く『この世に活きては諸侯に封ぜられ立派な役人となり、死後も人々に敬われる人となるべきである。
                女性に振られるなどという些細な事は論ずるに値しない。』」

                これは驚きですが、実は清廉潔白で立派な役人になっていたというのです。

                Photo_5「梁祝博物館」にある壁画が説明しています。→

                悲しきはずの梁山伯は、弱冠20歳で県知事となったのです。さらに民衆の為に身命を投げ打ち、過労死だったとは。

                というわけで、講演会は中国、韓国の方々にインパクトがあったことでしょう。

                そこで渡辺先生とで考えるに、
                この真実を上手に持ち込んで、日本版「梁祝愛情故事」を構成し直したら面白いのでは?(^^)v

                posted by: リャンチュウ先生 | - | 10:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                「東アジア文化の都・2016寧波」活動
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                   シンポジウム全体会議で。
                  報道は6種類ほどありそのうちの一つ寧波日報/同じ新聞に

                  「くまもん」も登場する熊本地震の報道も大きく載っていました。
                  413日〜419日「東アジア文化の都・2016寧波」活動に出席した。
                   寧波政府の招待を受け、最初は一人であったが、梁祝会広報部長「塚越誠」氏の同行申し出が呼び水となり、鎌倉の古野浩昭氏の脚本での戯曲「梁祝」で祝英台(チュウインタイ)を演じた「青井聡子」さんの同行申し出があり、さらに加えるに梁祝会の主要メンバーである「正谷絵美」さんの同行申し出へと発展し一行は全部で4名となった。そしてこの全体の寧波行きを蔭で支えてくれたのは渡辺明次が湖南
                  省の湘譚(シャンタン)大学で日本語教師をしていたときの学生達である。
                  『東アジア文化の都・2016寧波』活動開幕式典で。
                  祝英台の故郷である祝家庄上虞で、祝英台研究会の陳秋強会長との細かい打ち合わせと通訳を引き受け、現在上海で働く「陳麗(ちんれい)」さん、中国到着後の携帯電話を上海から手配してくれた上海で働く趙凱芳(ちょうかいほう)、その携帯電話をいま北京で働いていて北京の飛行場に届けてくれた「孟恋(もうれん)」さん、寧波で即席で青井聡子さんの講演を通訳してくれた「周友文」(しゅうゆうぶん)さん、寧波の石碑の文章解読のために協力してくれた「田萌(てんほう)」さん、上虞のホテルの手配をし、支援してくれた我が高校教員時代の同僚で、現在、上海の日本人学校で教えている「阿久津」先生である。 寧波、上虞等の滞在、移動費用はすべて向こう側で負担された旅であった。
                     多くのTV取材や、「寧波日報」等の新聞報道があったが以下にその一つの翻訳文を掲載します。日を追っての詳しい内容は、広報部長Tsukaさんのブログhttp://musuidokugen.tea-nifty.com/「夢酔独言」を覧下さい。
                    上海から寧波に来てくれた学生右から、周友文、趙凱芳、田萌さ講演する「青井聡子」さんと通訳をする周友文。
                  下左が、北京に「中国携帯」を届けてくれた孟恋さん

                   
                  寧波「梁山伯の墓」で右から阿久津先生、陳麗、正谷さん

                  中日韓“梁祝(リャンチュウ)”文化研究の専門家一行

                  梁祝伝説起源の地を訪れる

                  2016417日新浪博客(記者:龔国栄きょうこくえい

                                                         
                     416日午前、寧波の招待を受けて「東アジア文化の都・2016寧波」活動に参加する20余名の中日韓“梁祝(リャンチュウ)”研究の専門家一行が中国梁祝文化研究会会長の周静書氏の案内の下梁祝伝説発祥起源の地を訪れ、寧波の梁祝文化園の万松書院、梁聖君廟、中国梁祝文化博物館、梁祝合葬の古墓、祝英台上陸地点等の数多い梁祝文化の遺跡のある場所を実地に考察した。
                   70余歳になる日本梁祝文化研究所長の渡辺明次氏は既に梁山伯の墓がある梁祝文化園を16回も考察のため訪れている。渡辺明次氏は今回、特に日本の梁祝文化研究所広報部長の塚越誠氏、主任研究員の正谷絵美女史、古野浩昭氏の戯曲「梁祝」鎌倉公演で祝英台(チュウインタイ)を演じた青井聡子女史を梁祝伝説発祥起源の地を熟知させようと同行している。
                     渡辺明次氏は、“これは16回目の寧波の梁祝文化園への訪問ということになりますが、いやー大変な変貌ぶりですね、前回寧波に来たのは2009年のことでした。‘梁祝’故事は中国人の美しい愛情に対する態度と憧れを体現し、また中華民族が清廉に身を修め国を治めるという美しい理想をも体現しており、現代の日本にとってもとても強く現実的に参考とすべき意義を有していますので、私はこの伝説が包含している精髄を日本人に正しく伝え、日本の一般の若者達にもこのような文化と精神をもって感動させたいと考えているのです。”と言う。それで渡辺氏は何回も考察のために訪れていると語った。

                   

                      全体会議で講演する渡辺明次。
                   

                   韓国国立全南大学人文学院院長の李珠魯(りしゅろ)教授と韓国国立全北大学中文学部教授金垠希(きんごんき)ご夫妻もまた、梁祝文化と中国の民間文芸に対して、いずれも造詣ある研究を持っている。李珠魯教授はまさにちょうど梁祝文化に関する著作を執筆中で、先生が言うには“1998年私が蘇州の学者を訪問したときに、梁祝伝説について聞き及び、それを聞いた後にとても感動しました。中でもとりわけ興味を持ちましたのは祝英台(チュウインタイ)が女性の身で男装して学問を探究した経過と最後には梁山伯(リャンシャンボ)の墓前で蝶になることです”と語った。また金垠希(きんごんき)教授は記者に告げて言うには、韓国においては少なからざる普通の民衆が梁祝故事を知っているという。また先生は韓国で高校生が上演した梁祝故事の舞台劇をみたことがあると言う。今回の梁祝文化園への参観の中で、この梁祝故事に関して韓国から来た専門家にとっては、このように多くの遺物と文化景観を実際に見て、また中国梁祝文化研究会会長の周静書先生の当地の伝説と風俗、民情と結びつけた説明を聞いて、収穫がとても大きく、梁祝文化に対してより一層多くの新しい認識を持つようになったと述べた。
                   

                      書家でもある塚越さん、随所で揮毫を頼まれ、改めてその書の凄さを知らされました。

                  渡辺明次の展示がある梁祝博物館で。
                  下は古野浩昭氏の展示の前で青井さん、正谷さん。

                               寧波、梁祝文化園の日本の能舞台のようで「神人共悦」の額がかかる舞台上で青井・正谷さん


                    このたびの参観の中で、また一人の特別の来賓である青井聡子女史がおられる。彼女は日本の古都鎌倉で渡辺明次氏の翻訳した梁祝の小説に触発され筆を執った、古野浩昭氏の脚本で2009103日上演された戯曲「梁祝リャンチュウ」の中で祝英台を演じた女性である。 日本の伝統衣装である和服を着ている青井聡子女史は同行しているもう一人の女性、正谷絵美女史とともに梁祝文化園の中にある“神人共悦”(神、人ともに悦ぶ)の額がかかる立派な古色あふれる舞台に上がり、青井聡子女史は記者の求めに応じて即席で戯曲の中で祝英台が梁山伯の墓前でまさに蝶になる瞬間の一段を身振り手振り豊かに演じた。
                   

                    
                  開幕式典で、講演者渡辺明次の写真と説明がありました。左が今回招待状をくれた、周静書会長。
                   

                     彼女は言う“今回梁祝故事起源の地である梁祝文化園に来られたことはとても嬉しいことで、鎌倉で5年前に戯曲「梁祝」で祝英台を演じた時に、頭の中にいつも思い浮かべた祝英台の生活の情景等について、今回の参観で、梁祝愛情故事に対するイメージをより一層豊富にいたしました。”と語った。
                    日本梁祝文化研究所所長の渡辺明次氏は日本の高校で長く教師を務め、定年退職後、北京外国語大学に留学し、その留学期間中、教材の中にあった梁祝故事に深く引きつけられたという。梁祝故事に魅せられた後、この美しい伝説の源を探し訪ねようという思いが沸々とわき起こり、渡辺氏は学校の休暇を利用して、江蘇省、浙江省一帯は言うに及ばず、甘粛省清水(せいすい)、安徽省舒城(じょじょう)、四川省重慶合川(ごうせん)、江蘇省江都(こうと)、河南省汝南(じょなん)、河北省河間(かかん)等の中国国内10数カ所の梁祝伝説の伝承遺跡を訪ね回り、その実地踏査の中で聞き及んだ全過程の調査報告を中国語で書き上げ、それを卒業論文とした。日本に戻った後に、渡辺明次氏は梁祝文化研究所を立ち上げた。この10年間、渡辺明次氏の翻訳により、趙清閣(ちょうせいかく)の長編小説『梁山伯と祝英台』、また周静書氏の編纂になる「梁山伯祝英台伝説」を翻訳し『梁祝口承伝説集』を出版し、併せて自らの卒業論文『梁山伯祝英台伝説の真実性を追う』を梁祝三部作と銘打ち出版した。

                   


                  上虞の祝英台の故郷「祝府」で。


                   これにより渡辺明次氏は梁祝伝説伝承地の遺跡を最も多く考察した国外唯一の人物となった。渡辺明次氏についてとりわけ評価しなければならないことはより早く“寧波が梁祝伝説起源の地”であることを提起した国外唯一の研究者であることである。
                                                                        2016417日新浪博客(記者:龔国栄きょうこくえい

                  posted by: リャンチュウ先生 | 梁祝ニュース | 20:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  寧波「中日韓梁祝文化学術シンポジウム」に心強い参加者が
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                    2016年3月23日 (水)

                    Tsukaさんのブログ転載です。http://musuidokugen.tea-nifty.com/

                    来月の寧波(中国)での梁祝フォーラムに心強い参加者が。

                    Photo来月の中国・寧波行きに、もうひとり、梁祝会のメンバーが同行してくれることになりました。

                    9年前に粱祝公園で「梁祝の植樹」に参加した正谷絵美さんで、今回の旅に欠くことのできない重要人物。

                    ということで現地に連絡すると、中国梁祝研究会の周静書会長からすぐに返事があり大歓迎だそうです。

                    正谷さんは当時、梁祝北京駐在代表で、中国語がペラペラだし、我々の通訳もしてくれるから心強い。
                    とにかくみなさん「梁祝愛情伝説」を日本に広めるために素晴らしい活躍をしてきた方々。

                    Photo_2上は、戯曲「梁祝」鎌倉公演の時のポスター

                    古い写真しか見つからなかったのですが、
                    左は桜の木を植樹している正谷絵美さんと渡辺明次先生
                    右の写真は、鎌倉舞台でヒロインの祝英台を演じた青井聡子さんと私

                    Photo_3尤も、私も含め仕事の予定を調整して行くわけで、
                    経済的にも決して余裕ある旅ではありませんが、おかげさまで日中文化交流の"和"が、民間レベルで拡がっているのです。

                    意義ある楽しい旅になりそうです!(笑)

                    posted by: リャンチュウ先生 | - | 15:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    戯曲「梁祝の祝英台」寧波のシンポジウム・上虞祝家庄祝英台テーマパークへ
                    0

                      写真説明(左)戯曲「梁祝」鎌倉公演ポスター(右下中、祝英台)
                      2016年3月19日 (土)

                      Tsukaさんのブログ転載です

                      鎌倉舞台の梁祝スタッフと打ち合わせ

                      Photo午後から鎌倉へ、
                      来月の中国・寧波での粱祝シンポジウムに同行したいという仲間が増えた。

                      日本で初めて戯曲「梁祝」を舞台公演したスタッフから連絡があり、
                      鎌倉「小町通り」の入り口近くのお店に急遽集合となりました。

                      我々は、渡辺明次先生と私、
                      鎌倉側は、戯曲の作者古野さんと、ヒロイン「祝英台」役を演じた青井さん。

                      懐かしくなりましたが、“日本で初の戯曲「梁祝」舞台公演に向けて、戯曲「梁祝」作者/古野浩昭の日誌”をHPに詳しく掲載してあります。

                      20160319打ち合わせは、現地で合流するので宿泊地などはもちろんですが、
                      中国、韓国との会議がメインなので、その段取りが中心。

                      青井さんが和服を着てサプライズ、とか次第に盛り上がって来ました。

                      ←真ん中の「書」が私が揮毫した「戯曲梁祝」

                      来月なのに予定が決まると日数も間近に感じます。

                      何か、忙がしくなってきました〜(笑)

                      写真(右)戯曲「梁祝」鎌倉公演時、祝英台の父を演じた戯曲の作者古野さん

                      posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |