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  • 小説梁祝リャンチュウの著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情
    渡辺明次 (09/11)
  • 「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた蘇州の馬漢民先生東京へ、神保町と国会図書館に同行。明代の文学者、蘇州の人、馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のための来日。
    渡辺明次 (09/11)
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    えり (09/09)
  • 小説梁祝リャンチュウの著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情
    えり (09/09)
  •  梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。
    Tsukagoshi (07/25)
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江蘇省宜興の路老師が2018年4月末宜興で行われる「観蝶祭」で戯曲梁祝の一段を演じて欲しいので正式の招待状を10/26に渡辺先生宛に送ったと、上海の周友文を通じて連絡を受けた。
0

        
         これまでもその経緯をこのブログで詳しくお伝えしてきました、

                                 詳細はこのブログのそれぞれのアーカイブを参照していただきたい・・・
            今年3月末、古野浩昭先生の(鎌倉で2009年10月3日公演された)「戯曲梁祝(リャンチュウ)」の中で都合がついた古野・青井・伊藤の各氏を渡辺が中心となり寧波、上虞を表敬訪問した。その折ほとんど即興で寧波と上虞の舞台で梁祝の一段を演じた。このことは現地の新聞やTVで報道された。おそらくこの報道を路老師が知り今回の話になったのであろう。

     

    路老師との縁は
    「東アジア文化の都・2016寧波」活動に招かれ、その中で行われた『中日韓梁祝文化学術シンポジウム』でもう一つの梁祝伝承遺跡のある江蘇省宜興の華夏梁祝文化研究会の路曉農先生から、我々一同がびっくりするような心こもる熱烈な挨拶を受けた。

             

                           ここに至る細かい経緯を梁祝(リャンチュウ)会広報部長Tsukaさんの

    ブログ「夢酔独言」で取り上げていただきましたので

                     以下に転載させていただきました。

     

    2017年11月23日 (木)

    戯曲「梁祝(リャンチュウ)」スタッフが、中国の「観蝶祭(蝶々祭り)」に招かれる!

    この春(3月)、戯曲・梁祝一行が本場中国の寧波と上虞でその一部を演じたことが、大きなニュースとなり、大成功を収めました。

    01その後すぐに、お隣り江蘇省宜興から、毎年4月に催される"梁祝祭り"に招きたいとのオファーがあったのです。
    しかし、渡辺先生はじめスタッフとしては、帰国したばかりでまた訪中するわけにも行かず断ったそうで、その経緯は「梁祝みんなのブログ」に書かれています。

    ところで、右の2枚の写真は9年前の鎌倉・舞台公演のカット(DVDより)、

    02上が青井聡子さん演じるヒロイン祝英台とその両親。父親は戯曲の作者であり役者も演じた古野浩昭氏。
    因みに、後ろにある掛け軸の書は、この舞台のために私が揮毫したもの。(笑)
    下は、伊藤健康君演じる梁山伯と祝英台の召使いで、銀心と四九。

    訪中から半年以上経った今、先方から再度連絡が!
    来年4月の"梁祝祭り"こそ、この方々に来ていただきたいと招請状が届いたそうで、渡辺明次先生(日本梁祝会会長)から邦訳文を私にも封書で送ってくれました。

    結局、渡辺先生はじめ、日中間の橋渡しとして最も重要な正谷絵美さんも含め7名を、旅費から滞在中の全てを含めて招待。これはスゴイこと。

    Photoそもそも「鎌倉・戯曲梁祝」古野氏他を江蘇省宜興に招きたいという、路暁農(ろぎょうのう)先生(華夏梁祝文化研究会)とは、私も昨年春にお会いしていました。
    ←中国・寧波政府の招待を受け、「梁祝文化研究の専門家」として中日韓のシンポジウムに参加した時のこと。

    上の写真、右から2番目の赤いベストを着た方が路暁農先生で、
    その時に路先生の著書『「梁祝」的起源与流変』をいただきました。(下の写真)

    Photo_3この本、中国語で、私には全然読めないのですが題字は『「梁祝」の起源と変遷』でしょう。

    このテーマは、渡辺先生の著書梁山伯祝英台伝説の真実性を追うにも…、
    第一章の一、「『梁祝伝説』愛情故事の起源と変遷の歴史」として研究されていました。

    しかし、渡辺先生の研究は広範囲で、十箇所にあるという梁祝のお墓を全て廻り、この招請くださった地(江蘇省宜興市)にも二回ほど尋ねているのです。

    この著書を再度読んでみると興味深いことばかり。この地には伝説中の「梁祝学問所」と祝英台の墓は存在するが、梁山伯の墓が見つけ出せない。
    聞くところによるとこの地は観光地として名高いそうで、たくさんの蝶々が飛び交うという。これぞ、梁祝の二人が最後に蝶になったことを暗示する光景なのかな?と。

    その他にも、中国各地でお祭りに利用している地が他にもたくさんあるそうですが、
    それだけ、梁祝愛情故事は中国全土から愛されていると言うことなのでしょう。
    梁祝サイト:http://www.liangzhu.jp/

    私からもご健闘をお祈り申し上げます。(^_^)v

    posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:41 | comments(0) | trackbacks(0) |









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