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  • 小説梁祝リャンチュウの著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情
    渡辺明次 (09/11)
  • 「孟姜女口承伝説集」に前文を書いていただいた蘇州の馬漢民先生東京へ、神保町と国会図書館に同行。明代の文学者、蘇州の人、馮夢竜(ふうむりゅう)の記念館開設準備のための来日。
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    えり (09/09)
  • 小説梁祝リャンチュウの著者「趙清閣」と「老舎」の恋愛事情
    えり (09/09)
  •  梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。
    Tsukagoshi (07/25)
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 梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。
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      梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。


    今回、日中国交正常化40周年記念の『中国を知るための良書40冊』(7月〜12月全国大型書店にて開催)に選ばれた「梁祝リャンチュウ口承伝説集」、その内容は大きく五つの部分に別れ(異聞伝説・逸話史実伝説・清廉な役人伝説・古遺跡の伝説・梁祝リャンチュウにまつわる風物百態の伝説)全部で55編ある。

    これを機にいくつかを紹介してみようと思う。その始めは中国でも知る人の少ない

    「清廉潔白な役人伝説」を紹介します。                            

    清廉潔白な役人伝説                          

    (民の為に恩恵を施した梁山伯を褒め称える清官伝説)          

     33, 食糧倉庫を開け民に穀物を分け与える     浙江省 寧波     昔、寧波の役所に、梁山伯(リャンシャンボ)という県知事が居り、七品官(「九品中正制」という制度で役人の官位を一品〜九品に分けた。一品が最高、九品が最低。後のいわゆる上品、下品という語の語源でもある)の官位の低い役人ではあったが、官吏として清廉で公平であり、人心を得ていた。

    彼が役人を務めていた時、たまたま三年に及ぶ天災に見舞われ、農作物が水害で全滅したり、日照りで旱魃の被害に遭ったりなど、庶民は食べる穀物とてなく、多くの人は息子や娘を売り、生活はとても悲惨であった。梁山伯はこの有り様を見てとても同情しじっとしておられず、人々のために穀物倉を開放し民に食物を分け与えるように皇帝に上申しようとした。


    だが当時官位の低い七品官は皇帝に会うことはできず、四品官以上の官位の役人のみが皇帝に会うことができるだけであった。梁山伯はとても困り、あれこれ考えた末に、自分の仲がよい友人が三品官であることを思いつき、そこでこの友人に頼んで自分を連れて行ってもらい宮中に参内し皇帝に上奏することにした。

    皇帝に拝謁し、梁山伯は上奏書を皇帝に提出し、皇帝は上奏書を見てとても意外に思い、旁らの宰相に問うた。梁山伯は人となりが正直で、宰相に少しも賄賂を送っていなかった、それで彼が皇帝に会い宰相に問いかけた時、皇帝に対し答えた「梁山伯は民の状況について嘘の報告しているので、穀物倉庫を民に開放する必要はない」と皇帝に上奏した。

    皇帝は宰相の言うことに従い上奏書を梁山伯に差し戻した。梁山伯は心中とても耐え難く、全県の民衆が無残にも餓死していくのを見て、そのままにするには忍びがたく、役人として民衆のために事を処理できないことは、この役にあるものとして空しいと思い県民がむざむざ死ぬよりも、自分一人が死ねば済むことであると、彼は朝廷に無断で穀物倉庫を開けて、食糧を飢饉で苦しむ県民に分け与えた。

    この事は腹黒い朝廷の大臣の知るところとなり、皇帝に詳しく、「梁山伯は皇帝の命に背いて、勝手に穀物倉庫を開けました」と上奏された。皇帝はこの報告を受け、直ちに命を下し梁山伯を死刑に処した。民衆はこの事を知り、誰でもが梁山伯の死体のかたわらに跪き大声で泣いた。

    それからこの命の恩人を記念するために、高橋の石子道口に、梁山伯に墓を建ててあげた。また梁山伯が処刑されたときまだ妻を娶っていなかったので、民衆は彼らの恩人が死後も独りでいるのはとても可哀相と考え、嫁に行くことなくだいぶ前になくなった祝長者の娘の棺桶を運んできて、梁山伯と一緒に埋葬し、彼らをあの世で妻合わせてあげた。                                  


    語り手    馬伝根                              
    収集・整理  童国 
                 浙江省寧波で広く伝わっている 
    posted by: リャンチュウ先生 | - | 09:33 | comments(1) | trackbacks(0) |
    いいですね〜!
    しばらくぶりに読んだら、なぜか懐かしく感じました。
    是非、続けてください。
    | Tsukagoshi | 2012/07/25 4:31 PM |









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