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  •  梁祝リャンチュウ伝説(梁祝愛情故事)は1500年以上昔の東晋(AD317〜420)の頃に形成され今に連綿と語り伝えられており、中国で四大愛情伝説(梁祝・孟姜女・牛郎織女=七夕伝説・白蛇伝)の一つに数えられる伝説である。
    Tsukagoshi (07/25)
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「東アジア文化の都・2016寧波」活動
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     シンポジウム全体会議で。
    報道は6種類ほどありそのうちの一つ寧波日報/同じ新聞に

    「くまもん」も登場する熊本地震の報道も大きく載っていました。
    413日〜419日「東アジア文化の都・2016寧波」活動に出席した。
     寧波政府の招待を受け、最初は一人であったが、梁祝会広報部長「塚越誠」氏の同行申し出が呼び水となり、鎌倉の古野浩昭氏の脚本での戯曲「梁祝」で祝英台(チュウインタイ)を演じた「青井聡子」さんの同行申し出があり、さらに加えるに梁祝会の主要メンバーである「正谷絵美」さんの同行申し出へと発展し一行は全部で4名となった。そしてこの全体の寧波行きを蔭で支えてくれたのは渡辺明次が湖南
    省の湘譚(シャンタン)大学で日本語教師をしていたときの学生達である。
    『東アジア文化の都・2016寧波』活動開幕式典で。
    祝英台の故郷である祝家庄上虞で、祝英台研究会の陳秋強会長との細かい打ち合わせと通訳を引き受け、現在上海で働く「陳麗(ちんれい)」さん、中国到着後の携帯電話を上海から手配してくれた上海で働く趙凱芳(ちょうかいほう)、その携帯電話をいま北京で働いていて北京の飛行場に届けてくれた「孟恋(もうれん)」さん、寧波で即席で青井聡子さんの講演を通訳してくれた「周友文」(しゅうゆうぶん)さん、寧波の石碑の文章解読のために協力してくれた「田萌(てんほう)」さん、上虞のホテルの手配をし、支援してくれた我が高校教員時代の同僚で、現在、上海の日本人学校で教えている「阿久津」先生である。 寧波、上虞等の滞在、移動費用はすべて向こう側で負担された旅であった。
       多くのTV取材や、「寧波日報」等の新聞報道があったが以下にその一つの翻訳文を掲載します。日を追っての詳しい内容は、広報部長Tsukaさんのブログhttp://musuidokugen.tea-nifty.com/「夢酔独言」を覧下さい。
      上海から寧波に来てくれた学生右から、周友文、趙凱芳、田萌さ講演する「青井聡子」さんと通訳をする周友文。
    下左が、北京に「中国携帯」を届けてくれた孟恋さん

     
    寧波「梁山伯の墓」で右から阿久津先生、陳麗、正谷さん

    中日韓“梁祝(リャンチュウ)”文化研究の専門家一行

    梁祝伝説起源の地を訪れる

    2016417日新浪博客(記者:龔国栄きょうこくえい

                                           
       416日午前、寧波の招待を受けて「東アジア文化の都・2016寧波」活動に参加する20余名の中日韓“梁祝(リャンチュウ)”研究の専門家一行が中国梁祝文化研究会会長の周静書氏の案内の下梁祝伝説発祥起源の地を訪れ、寧波の梁祝文化園の万松書院、梁聖君廟、中国梁祝文化博物館、梁祝合葬の古墓、祝英台上陸地点等の数多い梁祝文化の遺跡のある場所を実地に考察した。
     70余歳になる日本梁祝文化研究所長の渡辺明次氏は既に梁山伯の墓がある梁祝文化園を16回も考察のため訪れている。渡辺明次氏は今回、特に日本の梁祝文化研究所広報部長の塚越誠氏、主任研究員の正谷絵美女史、古野浩昭氏の戯曲「梁祝」鎌倉公演で祝英台(チュウインタイ)を演じた青井聡子女史を梁祝伝説発祥起源の地を熟知させようと同行している。
       渡辺明次氏は、“これは16回目の寧波の梁祝文化園への訪問ということになりますが、いやー大変な変貌ぶりですね、前回寧波に来たのは2009年のことでした。‘梁祝’故事は中国人の美しい愛情に対する態度と憧れを体現し、また中華民族が清廉に身を修め国を治めるという美しい理想をも体現しており、現代の日本にとってもとても強く現実的に参考とすべき意義を有していますので、私はこの伝説が包含している精髄を日本人に正しく伝え、日本の一般の若者達にもこのような文化と精神をもって感動させたいと考えているのです。”と言う。それで渡辺氏は何回も考察のために訪れていると語った。

     

        全体会議で講演する渡辺明次。
     

     韓国国立全南大学人文学院院長の李珠魯(りしゅろ)教授と韓国国立全北大学中文学部教授金垠希(きんごんき)ご夫妻もまた、梁祝文化と中国の民間文芸に対して、いずれも造詣ある研究を持っている。李珠魯教授はまさにちょうど梁祝文化に関する著作を執筆中で、先生が言うには“1998年私が蘇州の学者を訪問したときに、梁祝伝説について聞き及び、それを聞いた後にとても感動しました。中でもとりわけ興味を持ちましたのは祝英台(チュウインタイ)が女性の身で男装して学問を探究した経過と最後には梁山伯(リャンシャンボ)の墓前で蝶になることです”と語った。また金垠希(きんごんき)教授は記者に告げて言うには、韓国においては少なからざる普通の民衆が梁祝故事を知っているという。また先生は韓国で高校生が上演した梁祝故事の舞台劇をみたことがあると言う。今回の梁祝文化園への参観の中で、この梁祝故事に関して韓国から来た専門家にとっては、このように多くの遺物と文化景観を実際に見て、また中国梁祝文化研究会会長の周静書先生の当地の伝説と風俗、民情と結びつけた説明を聞いて、収穫がとても大きく、梁祝文化に対してより一層多くの新しい認識を持つようになったと述べた。
     

        書家でもある塚越さん、随所で揮毫を頼まれ、改めてその書の凄さを知らされました。

    渡辺明次の展示がある梁祝博物館で。
    下は古野浩昭氏の展示の前で青井さん、正谷さん。

                 寧波、梁祝文化園の日本の能舞台のようで「神人共悦」の額がかかる舞台上で青井・正谷さん


      このたびの参観の中で、また一人の特別の来賓である青井聡子女史がおられる。彼女は日本の古都鎌倉で渡辺明次氏の翻訳した梁祝の小説に触発され筆を執った、古野浩昭氏の脚本で2009103日上演された戯曲「梁祝リャンチュウ」の中で祝英台を演じた女性である。 日本の伝統衣装である和服を着ている青井聡子女史は同行しているもう一人の女性、正谷絵美女史とともに梁祝文化園の中にある“神人共悦”(神、人ともに悦ぶ)の額がかかる立派な古色あふれる舞台に上がり、青井聡子女史は記者の求めに応じて即席で戯曲の中で祝英台が梁山伯の墓前でまさに蝶になる瞬間の一段を身振り手振り豊かに演じた。
     

      
    開幕式典で、講演者渡辺明次の写真と説明がありました。左が今回招待状をくれた、周静書会長。
     

       彼女は言う“今回梁祝故事起源の地である梁祝文化園に来られたことはとても嬉しいことで、鎌倉で5年前に戯曲「梁祝」で祝英台を演じた時に、頭の中にいつも思い浮かべた祝英台の生活の情景等について、今回の参観で、梁祝愛情故事に対するイメージをより一層豊富にいたしました。”と語った。
      日本梁祝文化研究所所長の渡辺明次氏は日本の高校で長く教師を務め、定年退職後、北京外国語大学に留学し、その留学期間中、教材の中にあった梁祝故事に深く引きつけられたという。梁祝故事に魅せられた後、この美しい伝説の源を探し訪ねようという思いが沸々とわき起こり、渡辺氏は学校の休暇を利用して、江蘇省、浙江省一帯は言うに及ばず、甘粛省清水(せいすい)、安徽省舒城(じょじょう)、四川省重慶合川(ごうせん)、江蘇省江都(こうと)、河南省汝南(じょなん)、河北省河間(かかん)等の中国国内10数カ所の梁祝伝説の伝承遺跡を訪ね回り、その実地踏査の中で聞き及んだ全過程の調査報告を中国語で書き上げ、それを卒業論文とした。日本に戻った後に、渡辺明次氏は梁祝文化研究所を立ち上げた。この10年間、渡辺明次氏の翻訳により、趙清閣(ちょうせいかく)の長編小説『梁山伯と祝英台』、また周静書氏の編纂になる「梁山伯祝英台伝説」を翻訳し『梁祝口承伝説集』を出版し、併せて自らの卒業論文『梁山伯祝英台伝説の真実性を追う』を梁祝三部作と銘打ち出版した。

     


    上虞の祝英台の故郷「祝府」で。


     これにより渡辺明次氏は梁祝伝説伝承地の遺跡を最も多く考察した国外唯一の人物となった。渡辺明次氏についてとりわけ評価しなければならないことはより早く“寧波が梁祝伝説起源の地”であることを提起した国外唯一の研究者であることである。
                                                          2016417日新浪博客(記者:龔国栄きょうこくえい

    posted by: リャンチュウ先生 | 梁祝ニュース | 20:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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